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242.英雄、堕つ

 全力を出したカイム。

 切り札を切ったアーサー。

 二人の戦いは佳境。怪物同士の頂上決戦の様に至っていた。


「カイムさん……!」


「ミリーシア、目を逸らさずに見届けよう」


 カイムとアーサー。

 両雄の戦いを離れた場所から見守りながら、ミリーシアとランスが言葉を交わす。

 二人はミリーシアが神聖術で構築した結界に守られている。

 もしも結界が無ければ、戦闘に長けていない二人は余波だけで吹っ飛んでいたことだろう。

 ミリーシアは熾烈な戦いに……恋人と兄が殺し合っている姿を見ていられず、目を背けそうになる。


「カイム君はわからないが……どんな結果になったとしても、アーサー兄さんにとってこれが最後の戦いだ。弟妹として、兄さんの輝きを目に焼きつけないと」


 最後の戦い。

 勝っても負けても、アーサー・ガーネットは死ぬことになる。

 二人はそのことを十分に理解していた。もちろん、戦っているカイムとアーサーもまた承知の上である。


「アーサー兄さん。全身を毒で冒されて、そんな状態であんなに力を振り絞って……どう考えても命を削っている。この戦いが終われば、兄さんはきっと……」


「……わかっています。だからこそ、カイムさんも全力で迎え撃っているんだと思います」


 ミリーシアが唇をかみしめながら、毅然として顔を上げる。

 目尻に涙の粒を浮かべながら……親愛と恋愛、それぞれの感情を抱いている二人の戦いをしっかりと見つめた。


 カイムはその気になれば、容易にアーサーを倒すことができる。

 まともに戦わず、適当に逃げ回っていればいいだけだ。

 アーサーはもう長くはない……時間を稼げば、勝手に自滅することだろう。


(それなのに……カイムさんはアーサーお兄様の最後の輝きを受け入れてくれている。正面から戦うことで、お兄様の死を飾ってくれている……)


『俺はわりと勝てば良いと思っているよ』……つい先ほど、そんなセリフを口にしていたカイムであったが、何だかんだ言っても、彼もまた勝ち方にこだわっている。

 弱ったアーサーをなぶり殺しにするのではなく、強者として叩き伏せて勝利することを望んでいるのだ。


「優しいね……流石はミリーシアが選んだ男性だ」


「はい……カイムさんは優しいです」


 ミリーシアが背後を一瞥だけする。

 これだけの騒ぎが起こっているというのに、玉座の間には兵士や騎士が駆けつける様子はない。

 おそらく、事前に誰も来ないようにアーサーが手を回していたのだろう。

 最期の戦いを誰にも邪魔されたくない……そんな願いから。


「カイムさん……アーサーお兄様をよろしくお願いします……」


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ミリーシアが祈る先、二人が一際強くぶつかった。


 ガーネット帝国の未来を決定づける、最後の決闘。

 それを制した、勝者はいったい……?



     〇     〇     〇



 カイムの身体が吹き飛ばされ、玉座の間の壁に背中からめり込んだ。

 深いダメージによって【蚩尤】が解除される。身体を覆っていた超高密度の圧縮魔力が剥がれ落ちる。


「……終わったか」


「ああ……終わったな」


 一方で、アーサーは立っている。

 全身から血を流しており、剣はへし折れているが……それでも、武器を握りしめたまま立っていた。

 勝負を制したのは……まさかの、アーサー・ガーネットだったのか。


「満足したかよ、死人が」


「フン……まあ、感謝するとだけ言っておこう」


 カイムが壁にめり込みながら、負け惜しみのように言う。

 アーサーはわずかも表情を変えることなく……それでも、口から言葉を搾り出した。


「満足だ……ああ、満足だ……」


 アーサーがほんの一ミリだけ、口角を上げた。それが精いっぱいだった。

 何故なら、アーサー・ガーネットはすでに死んでいるから。

 アーサーの心臓はすでに止まっている。両足で立つことができているのは、死後硬直によって全身の筋肉が固まっているからだ。

 死してなお意識があり、言葉を話すことができているのは理屈ではなく『根性』。意思の力によって強引に命と魂を肉体に繋ぎとめているのだ。


「見事だ……俺がこれまで戦った中でもっとも強く、尊敬できる奴だったよ」


 カイムが壁に埋まった身体を引き抜きながら、敗者を讃える。


「正直、もっと戦っていたかった。これで終わりなのが惜しいくらいだ」


「世辞でも嬉しいものだな。対等以上の強者から認められるというのは……死に花を飾ってくれて感謝する」


 カイムから贈られた賞賛の言葉に、アーサーが口角を吊り上げる。


「予は……否、俺はここまでだ。後のことはランスとミリーシアに任せるとしよう」


「アーサー兄さん、まだ約束を果たしていないよ」


 ランスが前に進み出てきて、兄に言葉を投げかける。


「死ぬ前に遺言書を渡してくれるという約束だ。忘れちゃったのかい?」


「……遺言書?」


 ランスの後ろでミリーシアが眉をひそめている。

 怪訝に思っているのはカイムもまた同じだ。何の話をしているのだろう。


「ああ、まだそんなことを言っていたのか……死人が遺した言葉など、どうでも良いだろうに」


「生憎と、僕は兄さんほど割り切れないんだ……ほら、死ぬ前に早く」


「フン……」


 アーサーが憐れむように目を細めると、懐から一通の書状を取り出した。

 あれほどの激闘。ただの紙切れなどズタズタになっていてもおかしくはなかったが……胸ポケットに収められていたそれは奇跡的に無傷だった。


「言っておくが……これを読んだとしても何の意味もない。俺は何も変わらなかったし、貴様も貴様の為すべきことを成せばよい」


「……有り難いね。やっぱり貴方は僕の兄だった」


 ランスが書状を受け取り、開く。


「…………」


 無言で紙に目を通し……そして、肩を落とした。


「そっか……ああ、やっぱりそうだったんだね……」


「ランスお兄様……? 先ほどから何を、遺言書とはいったい……?」


「兄か……もはや、そう呼ばれる資格はなさそうだ」


「あ……」


 ランスがミリーシアに向かって書状を放る。

 もはやどうでもいいと言わんばかりに。ゴミでも捨てるように。


「フッ……!」


「グッ……!」


 そして……何を思ったのだろう。

 ランスがアーサーの剣を奪い取り、中ほどでへし折れたそれを兄の胸に突き刺したのだ。


「哀れなり……ランス・ガーネット……」


 アーサーが仰向けに倒れて、今度こそ完全に死に絶えた。

 カイムと戦った直後の満足そうな表情から一転、その顔には深い憐憫の感情が宿っていたのである。

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