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241.両雄相まみえる

「アーサー兄さん、降参する気はあるかい?」


「アーサーお兄様……もう、やめてください!」


 玉座に座っているアーサーを前にして、ランスとミリーシアが同時に口を開いた。

 それは答えがわかっている問い。それでも、確認せずにはいられなかったのかもしれない。


「大人しく投降してくれるのなら、寺院に入るだけで許すよ。これまでのことは一切問わないと約束する」


「くだらん。今さら、そんな言葉で興を削ぐな」


 ランスの説得をアーサーが一蹴する。

 不快そうに鼻で笑い、ランスとミリーシアを睨みつけた。


「予を失望させてくれるなよ。己の兄の屍を踏む覚悟もないような腑抜けに皇帝が務まるとでも思っているのか?」


「ああ、アーサー兄さんならそう言うよね」


「アーサーお兄様……!」


 ランスは納得した様子だったが、ミリーシアは悲しそうに目元に涙を浮かべた。

 けれど、アーサーは揺らがない。悲痛な表情を浮かべる妹を前にしながら、傲然とした態度のまま口を開く。


「覇王に同情はいらぬ。それに……予はまだ負けたわけではない。易々と玉座を渡すと思ったら大間違いだ」


 アーサーは立ち上がる。

 そして……玉座の脇に置いてあった剣を手に取った。


「皇帝の椅子が欲しくば、この首を獲ってからにするが良い……相手になってやろう」


「それは僕がやらなくちゃダメかな。あまり、剣に自信はないんだけど?」


「予も狐を追い回す趣味はない」


 アーサーの視線はランスを、ミリーシアをすり抜けて、カイムを見つめていた。

 どうやら、覇王が最後の相手として指名したのはカイムのようである。


「来るが良い、『毒の王』よ」


「いいぜ、リベンジマッチだ。相手になってやるよ、帝国の覇王」


 カイムは喜んで、誘いに応じた。

 かつて……カイムはこの城でアーサーと戦い、敗走を強いられた。

 それはガウェインやマーリンという側近がいてのことだったが、カイムにとっては『毒の王』となってから初めての敗北である。


「こう見えて、負けず嫌いなんだ。やられっぱなしでは追われない」


「クハッ……こう見えても何も、貴様は最初から獣の目をしている。敗北が死ぬほど嫌いな男の目。『俺』と同じ目をしているぞ」


 アーサーが好戦的な笑みを口元に浮かべる。

 飢えた獣のように牙を剥いた横顔はなるほど……確かに、カイムとよく似ている。


「カイムさん……」


「離れて、結界を張っていろ。巻き込まれるなよ」


 恋人の身を案じるミリーシアに振り替えることなく言い置いてから、カイムはアーサーと向かい合って相対する。


「征くぞ」


「ああ、殺ろう」


 アーサーが誘い、カイムが応じる。

 二人が同時に床を蹴って、宙に飛び上がった。


「帝国式抜刀術――【絶破】」


 アーサーが剣を抜いて、一閃する。

 逞しい剛腕から放たれた一撃は鉄であっても両断できるほどに力強く、速い。


「闘鬼神流・基本の型――【青龍】」


 だが……カイムもまた右腕に纏った圧縮魔力を振るう。

 刃と化した圧縮魔力は名刀にも劣らない。アーサーの剣とぶつかり、せめぎ合い、やがて爆発するようにお互いを弾き飛ばす。


「なるほど……やはり、鋭い」


 アーサーの口から、思わずといったふうに感嘆符がこぼれた。

 精悍な顔……その頬に裂傷が刻まれて、一筋の血が流れる。


「重いな……ガウェインの剣筋と似ているか?」


 カイムが右腕を床に向けて払う。

 剣を受け止めた腕には一筋の切り傷がつけられており、床に血が飛び散った。


「当然だ。奴は俺の剣の師だからな」


「そうか……それは悪かったな。俺が殺しちまった」


「構わんさ。戦場で死ぬことができて、ガウェインも本望に思っているだろう」


「それは何より……ところで、さっきから一人称が変わってないか?」


 カイムがふと疑問をぶつける。

 アーサーはずっと『予』などと偉そうに自称していたはず。それなのに、いつの間にか『俺』に変わっていた。


「もしかして……自分が皇帝になれないって諦めたのか?」


「言ってくれる……呼び名などどうでも良いことだ」


 アーサーが鼻で笑い飛ばして、剣の切っ先を後方に向けて腰を落とす。


「ただ……強いて言えば、皇帝としてでも皇子としてでもなく、一人の戦士として猛者と戦うことができることには心から歓喜している……お前をこの国に連れてきてくれたミリーシアに感謝だな」


「感謝しているなら、さっさと伝えた方が良いぞ……死なないうちにな!」


 カイムがアーサーに指を向け、そこから毒液を射出した。

 アーサーが首の動きだけで毒を回避して、腰の回転と共に剣を薙ぐ。


「フハアッ!」


「ム……!」


 二人の距離は十分に離れており、剣が届くような距離ではない。

 だが……アーサーの剣から魔力の斬撃が放たれて、一瞬で距離をゼロにする。


「飛ぶ斬撃か……なるほど、悪くない」


 カイムが圧縮魔力を纏った足で、飛んできた斬撃を蹴り上げた。

 斬撃が軌道を変えて、天井を突き破った。


「悪くないのならば、斬られれば良い。遠慮はいらぬぞ!」


「!」


 直後、飛ぶ斬撃の後方からアーサーが斬りかかる。

 防御によってできた隙を突いて、空を貫くような刺突が繰り出される。


「チッ……!」


 カイムが舌打ちをしつつ、飛ぶ斬撃を蹴り上げたのとは別の脚で跳躍した。

 片脚だけの跳躍ではあったが、足の底から圧縮魔力を噴き出して、一気にトップスピードまで加速する。


「逃がさぬ……!」


 突きを避けられたアーサーもすぐさま跳躍。今度は下から上に剣を突き上げた。

 剣の切っ先は真っすぐにカイムの胴体まで伸びていき、下から上に貫こうとする。


「逃げてねえよ」


 だが……カイムも大人しく串刺しにはならない。

 カイムの身体からブワリと紫の煙が噴き出して、アーサーを呑み込もうとする。

 強酸性の猛毒。まともに浴びようものなら、全身が溶解して骨になってしまうだろう。


「小細工を……貴様の毒は二度と喰らわぬ!」


 吠えて、アーサーが空中で身体を捻って回転した。

 弧を描いた剣圧によって毒煙が吹き飛ばされる。


「お返し!」


「ヌッ……!」


 そして、毒煙の向こうから現れたカイムがアーサーの顔面を蹴り飛ばす。

 アーサーが床に叩きつけられるが、一瞬で姿勢を立て直し、迷うことなく剣を投擲した。


「こちらもお返しだ!」


「グッ……!」


 予想外の反撃により、まだ空中にいたカイムの脇腹が抉られる。

 咄嗟に身体を捻ったから良いものを、刹那の反応の遅れが死につながっていたことだろう。

 カイムが脇腹の傷口に手を添えて、魔力によって自己治癒力を上昇させて応急処置をする。


「なるほどな……やっぱり、強い。油断して対談なんてしなければ、弟に負けることはなかったんじゃないか?」


「油断などしていない。ただ、丸腰でテーブルについた弟を斬るなど、俺の矜持が許さなかっただけだ」


 そのせいで深手を負うことになったというのに……アーサーは迷うことなく、断言した。

 アーサー・ガーネットという男は「どんな手を使ってでも勝てばいい」というタイプではなく、勝ち方にもこだわる人間のようだ。

 自分のやり方やプライドを曲げるくらいなら、死んだ方がマシ……口先ではなく、それを実践することができる。


「勝つだけで満足できないとは、我儘な奴め……」


「強者とは傲慢なものだ。貴様もそうであろう」


「さあな、知らねえ。俺はわりと勝てば良いと思っているよ」


「そうか……ならば、『来い』」


 その言葉はカイムに向けられたものではなかった。

 投擲して、床を転がっていた剣が独りでに動き出し、アーサーの手に戻ってくる。


「魔剣か……」


「卑怯とは言わぬのだろう、貴様の理屈では」


「まあ、な……それなりに楽しい時間だったが、そろそろ終わりにしよう」


 応急手当が終わった。

 カイムが両手を広げて……潜在する魔力を解放する。


「【蚩尤】」


 眠っていたチャクラが強制的に解放されて、莫大な魔力が溢れ出してくる。

 火山の噴火のような勢いの魔力を肉体に留めて、極限まで身体能力を底上げした。


「良いだろう……大陸最強、ガーネット帝国の武の極致を見せてやろう!」


 アーサーの雰囲気が変わる。

 何かしたというようには見えないのだが……肌を刺すような危機感に、カイムはアーサーもまた切り札を切ってきたことを悟った。


「それじゃあ、決着だ」


「ああ……生涯最後の戦いだ。どうか、満たしてくれ」


 最強と最強。

 よく似た二人が吠えるように叫び、正面から激突したのであった。


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