239.決戦の地へ
「さあ、それじゃあ出発だ! 帝都まで攻め上がろうか!」
数日後、ベーウィックの町から意気揚々と軍隊が出発した。
軍勢の先頭に立っているのはランス・ガーネット。
先日まで毒によって臥せていたものの、ミリーシアの献身的な看護、聖光草の効能によって動けるまでに回復していた。
まだ左手が動けないのか、三角巾で腕を吊っているものの……片手で手綱を握って馬を駆っている。
目指すべき地は帝都。ガーネット帝国の中心部。
獲るべき物はアーサー・ガーネットの首。そして、ガーネット帝国の皇帝の椅子である。
ランスが臥せっている間、臣下が十分な準備は整えていた。ランスの治療が終わるのを待っていたのである。
「動けるようになったみたいだな。何よりだ」
軍勢の中には、カイム一行の姿もある。
カイムとミリーシア、ティー、レンカ、ロズベット、ついでにリコスも馬車に乗って同行していた。
「元気そうで良かったじゃないか。一時はどうなることかと思ったぞ」
「元気に見えますけど……実際はそれほどではありませんよ」
馬車の対面に座ったミリーシアが溜息混じりに言う。
「御覧の通り、左手は動きません。それに服の下には紫のアザが残っています。内臓へのダメージも強くて、聖光草を煎じたポーションを用いても完治には至りませんでした。激しい運動をすれば、血を吐いて倒れてしまうことでしょう」
「おお……それは流石は俺の毒というべきか……」
「流石じゃありませんよ! まあ、そのおかげでアーサーお兄様も退けることができたんでしょうけど……」
もしも撃ち込んだのが生半可な毒だったのなら、アーサーを倒すことはできなかっただろう。
アーサー・ガーネットは間違いなく不世出の武人。
ランスが命がけ、自爆覚悟で道連れにしなければ、戦場の結果を覆されていた可能性すらあった。
「まあ、いいさ……あの男が皇帝になるというのならそれで。国を巡った兄弟喧嘩の結果、見届けさせてもらおうか」
順当に考えるのであればランスが勝つのであろうが、このまま大人しくアーサーがやられるとは思えない。
帝城ではもう一波乱あるだろう……カイムは直感的にそう感じていた。
「おそらく、アーサー殿下は籠城などしないだろうな……彼の性格からして、帝城でランス殿下が来るのを待ち構えているはずだ」
レンカが会話に加わってきた。
「帝城にはいまだ戦場に出てきていない軍団……『金獅子騎士団』もいるが、彼らは皇帝陛下の直属。アーサー殿下に味方することはないだろう」
「あれ? レンカさんも金獅子なんちゃらの人じゃなかったですの?」
ティーが首を傾げた。
そういえば……以前、そんなことを言っていたような気がする。
「私も『金獅子』の所属ではあるが、皇帝陛下の命令によってミリーシア殿下に指揮権が譲渡されている。もっとも……仮に皇帝陛下が指揮権を戻そうとしても、私はミリーシア殿下に従うつもりだが」
「レンカ……ありがとうございます」
レンカの忠誠を受けて、ミリーシアが微笑んだ。
美しい君臣の絆を見せつけてくれたが……そんなものはどうでも良いとばかりに、ロズベットが口を挟んでくる。
「どうでもいいわね……つまり、邪魔者はいないということでしょう?」
「ロズベットさん……?」
ミリーシアが首を傾げると、ロズベットがナイフの柄を撫でながら酷薄に笑う。
「アーサー殿下には前に酷い目に遭わされたからねえ。私もリベンジがしたかったのよ」
「それは俺も同じだろ。譲ってやらないぞ」
ロズベットの宣言に、カイムも加わった。
「あら、貴方は毒で報復しているでしょう?」
「撃ったのは俺じゃない。このまま、不完全燃焼で終わらせるものかよ」
「じゃあ、競争ね……ダーツでやられたお返しをしてあげるわ」
カイムとロズベットは顔を見合わせ、好戦的な笑みを交わした。
いくつもの因縁を孕みながら、戦いの舞台は兄妹の始まりの地である帝都へ。
全ての因果が収束するであろう最後の戦いは、目前まで迫ってきていたのである。




