238.麓への帰還
突如として襲ってきた『墓穴掘りのディード』、そしてドラゴン。
両者はそろって崖下に落下していき、姿を消した。
「死んではいないだろうが……まあ、片付いたな」
ディードは【蚩尤】の猛攻を受けても死ななかった男だ。崖から転落した程度では死ぬまい。
おそらく、ドラゴンも生きている。
あわよくば、お互いに潰し合ってどちらも消えてもらいたいものだ。
「カイムさん、大丈夫ですか?」
物陰に隠れていたミリーシアが小走りで駆けてくる。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、そっちも問題はないか?」
「はい……まさか、あの殺し屋が生きているとは思いませんでした。それにドラゴンまで出てくるだなんて……」
「とんだ災難だな。時間を無駄にした」
「はい。早く薬草を採取して帰りましょう」
二人は聖光草の群生地に戻る。
激闘が巻き込まれていないか心配していたが、群生地は無事だった。
薬草はうっすらと光を放ちながらも、変わることなく山頂を緑で彩っている。
「良かった……これでランスお兄様を助けることができます」
ミリーシアがそっと聖光草に触れて、丁寧な手つきで根ごと採取した。
「聖光草は高所でしか育ちません。このまま地上に持ち帰れば、枯れてしまって薬の材料にはならないんですけど……神聖術による治癒魔法をかけ続けることで、枯らすことなくこの状態を維持することができます」
「よし、そっちは任せたぞ。帰りは最短で行くからな」
「ひゃっ……」
聖光草を握りしめたミリーシアの背中と膝下に手を入れて横抱きにする。
驚いたミリーシアが控えめな悲鳴を上げた。
「アイツらがいつ戻ってくるかわからないからな。早く撤収した方が良いだろう」
「わ、わかりました……キャアッ!」
「よっと……!」
カイムがミリーシアを抱えたまま、ディードが落ちたのとは反対方向の崖に身を投じる。
「ちょ……カイムさん!」
「最短で行くと言っただろう。舌を噛まないように気をつけろ」
「キャアアアアアアアアアアアアッ!」
カイムが落下しながら空を蹴り、加速しながら山の斜面を滑り降りていく。
登ってきたときの倍以上のスピード。周囲の景色が勢いよく流れていき、風が二人の身体を通り抜けていく。
「か、カイムさんっ! はや、速いですってええええええっ!」
「しゃべるな! 舌を噛むと言っただろうが!」
「ひゃああああああああああああああっ!」
悲鳴を上げるミリーシアに構わず、カイムはどんどん加速していった。
ミリーシアは恐怖に悲鳴を上げているものの、神聖術は維持しており、聖光草はちゃんと守っている。
「よしよし、そのままちゃんと持っていろよ!」
「ひゃああああああああああああああっ……!」
それから三十分ほどかけて麓まで戻ってきた。
時刻は夕方。西の空に日が落ちようとしているが……今からでも全速力で走れば、完全に夜になる前にベーウィックの町に到着することだろう。
「おい、ミリーシア。麓まで着いたぞ」
「ふあ……はあふ……」
その頃にはミリーシアはすっかり目を回しており、カイムの腕の中で脱力していた。
意識があるかどうかすらも曖昧であり、話しかけても反応はない。
それでも、その手の中で聖光草が淡い光を放っている。無意識でも状態を維持することができていた。
「こんなになっても神聖術は変わらず発動している……兄貴のためにそこまでできるんだから大した女だよ、お前は」
「ふやう……」
「それじゃあ、町まで戻るぞ。あと少しの辛抱だから頑張れよ」
惚れ直した気持ちでミリーシアを労いつつ、カイムは再び走り出す。
ベーウィックの町に帰りついた時、ミリーシアの尻がわずかに湿っていたのだが……それには気がつかないふりをして、彼女を領主の屋敷まで送り届けたのであった。




