236.再会の不死者
「軟体動物になるくらいボコボコにしてやったんだがな……まさか、五体満足で現れるとは思わなかったよ。もしかして、不死身なのか?」
「不死身……そう、不死身か。また死にぞこなってしまったらしい」
カイムの言葉に、『墓穴掘りのディード』が応じる。
「また死神に嫌われたようだが……しかし、悪くはない。そう、悪くはないのだよ。今の俺には生きる理由がある。戦う理由があるのだから……」
ディードが地面に立てていたスコップを引き抜いて、見せつけるように掲げる。
「戦う理由がある。そう……戦うべき敵がいるのだよ。我が生き残っているということはそういうことなのだろう。ああ、そうだ。そうであるに違いない……!」
「要するに、リターンマッチがしたくて待ち構えていたわけか……嬉しいねえ、リベンジに来てくれた敵は初めてだ」
カイムと戦った相手は多くの場合、死ぬか再起不能の怪我を負う。
ディードのように仕返しにやって来てくれた相手は初めてである。
「歓迎してやりたいところだが……どうして、俺達がこの山を登ることを知っていたんだ?」
「おしゃべりな情報屋がいる。彼女から聞いた」
「情報屋……?」
「おかげで、しばらくは彼女の下で働くことになったが……悪くない、ああ、悪くはないのだよ。恩義に報いるのは当然のことだからな。構わないとも」
「ここで死んだら、恩返しも何もあったものじゃないだろう? 今度こそ、地獄に叩き落としてやるよ」
カイムが後ろをついてきていたミリーシアを一瞥する。
ミリーシアは頷いて、カイムの邪魔にならない位置まで離れた。
「さて、闘ろうか」
「応」
カイムの誘いにディードが好戦的な笑みで応じて、地面を蹴った。
開始の合図は必要ない。カイムめがけて、力強くスコップを振り下ろす。
「ムウンッ!」
「フン……」
振り下ろされたスコップをカイムが腕で受け止めた。
圧縮魔力を纏った腕の強度は金属と同等。ガチンと音が鳴ってスコップを弾いた。
「痛えじゃないか。お返しだ!」
「ヌウッ……!」
カイムが反撃の蹴りをディードの胴体にぶち込んだ。
岩盤を砕くような威力の蹴撃であったが、ディードはわずかに後退しただけ。まるでダメージを受けた様子もない。
「相変わらず丈夫だな」
「そちらこそ、硬い」
カイムが雨のように殴打を浴びせる。
ディードはノーガード。まともに攻撃を喰らうが、まさしく不死身。
毒の魔力を込めた攻撃を喰らってもピンピンしていた。
「ムンヌッ!」
「フッ……!」
一方で、ディードも負けじとスコップで殴る殴る殴る。
カイムはその攻撃を防ぎ、受け流し、紙一重のところで直撃を避けていた。
激しい猛攻をぶつけ合う二人であったが……どちらも決定打にはなっていない。
「ヌグッ……!」
「鬱陶しい!」
(まあ、前回と同じだよな。ここまでは前哨戦だ)
カイムがディードの顔面を蹴り飛ばしながら、思案する。
ディードに並の攻撃は通用しない。毒も同じだった。
ディードを確実に沈めるとしたら、闘鬼神流・秘奥の型の一つ……【蚩尤】を発動させるしかない。
(だが……ここで全力を出して良いのか? 他にも敵がいるかもしれないぞ?)
「カイムさん……」
少し離れた場所で、ミリーシアが戦いの行く末を見守っていた。
祈るように両手を組んで、カイムの勝利を祈ってくれている。
(【蚩尤】は奥義だけあって、力の消耗が半端じゃない。もしも敵が他に潜んでいたら……俺はともかくとして、ミリーシアは無事じゃ済まないぞ)
前回はティーやレンカらがいてくれたから、この相手に専念することができた。
だが……今回は違う。カイムだけでは、後続の敵がいた場合に対処しきれない。
(さっさと薬草を採取しようと思って二人で来たが……ここで仇になったな)
「どうした!? その程度か!」
「チッ……人の気も知らず、勝手なことを言いやがって!」
ディードがスコップを振り抜いて、カイムの身体を吹っ飛ばす。
空中で回転して着地し、カイムは鬱陶しそうに唸る。
とはいえ、このままでは泥沼である。カイムは仕方がなしに切り札を切ろうとする。
「そんなに死にたいのなら殺してやるよ……遺言でも唱えろよ!」
「オオッ! 来るがいい!」
ディードもギアを上げて、本気のカイムを迎え撃とうとする。
二人が互いに全力を出し合ってぶつかろうとするが……そこで事態が急変した。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「あ?」
「ヌ?」
突如として、二人に浴びせかけられる絶叫。
カイムとディードが同時に頭上を仰ぐと……青い空を背景に巨大な影が浮かんでいる。
「ドラゴン……だと?」
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!」
そこにいたのは両翼を広げた爬虫類に似た巨体。
『魔王級』に次ぐ『公爵級』の怪物……ドラゴンが二人を見下ろしていたのであった。




