232.女騎士レンカは仕事中
「ああ……そんなことがあったのか。大変だったな」
盗賊となった敗残兵を狩り、ベーウィックの町に戻ってきたカイム。
任務達成の報告をした際、領主の屋敷で働いていたレンカと遭遇した。
「大変なのはお前だろうが。顔色が悪いぞ」
数日ぶりに顔を合わせたレンカは目の下にクマを作っており、いつもより血色も悪かった。
明らかに、睡眠不足だとわかる顔色をしていた。
「ああ……ちょっと仕事が忙しくて。大丈夫、昨日は一時間眠れたから……」
「いや、一日に一時間しか寝てないのは大丈夫じゃないだろ。俺は八時間は寝たぞ?」
「良く寝るな……いや、カイム殿はそれで良いんだ」
レンカが力なく笑う。
笑顔を浮かべているはずなのに、かえって痛々しく見えてしまっている。
「そんなに忙しいのか……」
「……先の内乱でこちらからも少なくない被害が出たからな。特に被害が大きかった青狼騎士団からは部隊長が何人も殉職していて、手が回っていないんだ」
アーサーとの戦いにおいて、青狼騎士団は主力として東軍の中央に構えていた。
彼らは突撃してきたアーサーの攻撃によって少なくない打撃を受けていて、現場指揮官が何人も戦闘不能になっている。
「幸い、彼らと一緒に戦っていた私は無事だったし、イルダーナ騎士団長は怪我はしたが軽症だ。しかし、副団長のイスコー殿はしばらく戦場に立てそうもない」
「イスコー……ああ、アイツもやられたのか」
オーディー・イスコー。
ミリーシアに憧れを抱いており、カイムに嫉妬して決闘を挑んできた騎士だ。
決闘で敗北してからはカイムを『兄貴』などと呼んで慕うようになったのだが、大怪我をしていたとは初耳である。
「時間がある時に見舞いにでも行くか」
「きっと喜ぶ。そうしてやってくれ……そういうわけで、今は指揮ができる騎士が人材不足なんだ。私が頑張らなくては……!」
レンカが強い意思を込めて言うが、言葉とは裏腹に表情にはやはり力がない。
カイムでさえ、本気で心配になってくるレベルだった。
「あー……あまり無理はするな。俺が手伝えることなら手を貸すぞ?」
カイムが頭を掻きながら、少しだけ照れ臭そうに言う。
「俺は戦うことしか能のない男だからな。事務仕事じゃ役に立たないが、荷物持ちでも使いっぱしりでもやってやる……だから、あまり無理はするなよ」
「カイム殿……」
カイムの励ましに、レンカが大きく目を見開いた。
先ほどよりも活力が宿った表情で、しっかりと微笑む。
「その言葉だけで、あと十日は徹夜ができそうだ」
「やめろ。強制的に寝かすぞ」
「ハハハ……そうだな、やって欲しいことが一つあったな」
「お?」
レンカの言葉に、カイムが意外そうな表情をする。
何でもやるとは言ったが……本当に頼まれるような仕事があるとは思っていなかった。
「いいぜ、特別サービスだ。何でもやってやるから遠慮なく言いな」
「ああ、遠慮などしないとも」
レンカが笑みを深くして、廊下を先導して歩きだす。
「こっちだ。ついてきてくれ」
「ああ……ちなみに、どこに行くんだ?」
カイムが訊ねると、レンカが振り返って笑顔で言い放つ。
「浴室だ」
「浴室って……風呂? 俺もか?」
カイムが怪訝に眉を顰める。
恋人同士が一緒に風呂……それはつまり、そういうことなのだろうか?
「いや……違う。本当に一緒に入浴したいだけだ」
しかし、レンカが力なく首を横に振った。
「二時間ほど休憩が取れたから、入浴して身体を休めたいのだが……浴槽で眠って溺れてしまいそうだからな。頼むから一緒に入ってくれ」
「ああ……そういうことか。まあ、良いだろう」
特に断る理由はない。
今のレンカは本当に心配になる顔をしているし、確かに一人での入浴は危険だ。
カイムはレンカと連れたって、屋敷の浴室に向かったのであった。




