229.ティーとのデート?
「カイム様と二人きりだなんて、久しぶりですわ」
「デートというには殺伐とした状況だけどな」
三日目はティーとのデート……のはずだったのだが、予定を変えてある森にやってきていた。
ベーウィックの町から北方にある森。カイムとティーが二人でそこに訪れた目的は、この森に潜伏しているであろう盗賊団の征伐である。
この森にはすでに使われていない砦があるらしく、盗賊団はそこを根城にしているとのこと。
たかが盗賊と侮るなかれ。彼らの正体は先の戦いの敗残兵。西軍に属していた兵士が落ち延びて盗賊になったのだ。
「敗北した兵士が帰るに帰れず、賊になるというのはよくあることらしいぞ」
「近くの村から被害が出ているそうですわ。女性が攫われているとも聞きましたの」
カイムとティーに依頼を持ってきたのはランス配下の騎士である。
本来であれば兵士を討伐隊に送るのだが、帝都に攻め込む準備をしているためにそれどころではなく、暇人ことカイムにお鉢が回ってきたのだ。
断っても良かったのだが……ミリーシアやレンカが忙しく働いている中、町で遊んで女を抱いて、爛れた生活をしているのも心苦しい部分があった。
カイムはティーとデートがてら森を訪れ、盗賊団のアジトを探していた。
「ティーは構いませんわ。カイム様とハンティングに来られて嬉しいですの!」
せっかくのデートが殺伐なものになってしまったが、ティーはウキウキと弾むような足取りで森を歩いている。
獣人……おまけに虎人という狩猟種族のティーにとって、獲物を狩るという行為は決して辛い事ではなかった。
「砦のおおよその位置は聞いているが……どこも森ばっかりだな」
「大丈夫ですの。匂いが残っていますわ」
カイムの前を歩いて、ティーがクンクンと鼻を鳴らす。
「足跡は上手く隠しているようですけど……鉄と血の臭いがハッキリと残っていますの。追跡は容易ですわ」
「やっぱり、お前を連れてきて正解だったよ。雑兵退治、さっさと片付けるとしようか」
「はい、こちらですの」
ティーがカイムの手を引いて歩いていく。
仲睦まじく歩く二人の姿は森林デートをしているようであり、盗賊が蔓延る砦に攻め込もうとしているようには見えなかった。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」
「五月蠅い」
「ギャインッ!?」
途中で何度か魔物も出てきたが、これもまた楽勝である。
カイムが圧縮魔力を纏った拳で叩きのめし、追い払っていた。
「あ、見えてきましたわ」
日が傾きかけた時間になって、目的の砦に到着した。
夕闇に覆われた森の中に荒れ果てた砦がひっそりと立っており、入口の前には見張りらしき男の姿もある。
カイムとティーは木の陰に身を潜めて、砦を注意深く観察する。
「アイツが着ている装備には見覚えがあるな。西軍の兵士で間違いなさそうだ」
見張りは鎧で武装していたのだが、それは西軍の兵士が身に着けていた物だった。
どうやら、敗走した西軍の兵士で間違いなさそうである。
「どうしますの、ぶっ殺ですの?」
「ぶっ殺しはするが、捕まっている人間がいるんだろう? 真正面から突撃するのは止めておこう」
依頼してきた騎士の話では、近隣の村が襲われて若い女性が誘拐されたとのこと。女性が人質に取られては面倒である。
「暗くなるのを待って、見張りをやり過ごして侵入しよう……ミリーシア達と会った時のことを思い出すな」
あの時も、盗賊退治だった。
ミリーシアやレンカは盗賊に捕まって強力な媚薬を飲まされており、今にも犯されそうになっていた。
(そういえば……あの時の盗賊、何者だったんだ?)
カイムが今さらのように違和感を抱いた。
一緒に旅をしてきたことでわかったが……ミリーシアは優れた神官、レンカは卓越した技量を持つ騎士だ。他にも護衛の兵士が何人かいた。
少人数ではあったものの、ミリーシア達はそこらの盗賊にやられるほど弱くはなかったはず。
どうして、彼女達は敗北してしまったのだろうか。
(あの時は旅を始めたばかりで世間知らずだったが……今なら、連中の異質さがわかるな。ただの盗賊にしては規模が大きかったし、装備も練度も良かった。もしかすると……訓練を受けた兵士だったりしたのか……?)
カイムが眉を顰めて考え込むが……しばらく懊悩してから、首を振って雑念を振り払う。
「……まあ、どうでもいいか」
死人の素性なんて気にしたところで意味はない。
確認のしようもないことだし、さっさと忘れてしまった方がいい。
「カイム様、どうかしましたの?」
「何でもない……完全に日が沈むまで休憩だ。一度、ここから離れよう」
「はいですわ」
カイムは砦に背を向けて、その場から立ち去ったのだった。




