228.逆転の一手
その後、二人で五ゲームほど楽しんだ。
ロズベットは流石は一流の殺し屋。ナイフ投げで鍛えた腕前で次々と高得点を取り、得点を加算させていった。
カイムも負けじとそれに喰らいつく。天性の才能とセンスによって的を射貫き、点数を積み重ねる。
結果はカイムの一勝、ロズベットの四勝である。カイムが四杯目の酒を呷り、喉に流し込んだ。
「クソ……また俺の負けか」
「お疲れさま。でも、悪くはなかったわよ」
二人とも、点数は1000点を超えている。十分に上級者と呼べるだけの点数を獲得していた。
カイムが劣っているのはほんのわずかな経験値の差である。
「それにしても……貴方ってば、お酒が強いのね。コレ、かなり強いお酒なのよ?」
カイムは最初の一杯を合わせて、五杯の酒を飲んでいる。
たった五杯ではあるものの……飲んでいる酒はアルコール度数が高い蒸留酒。それを水で割ることなくストレートで飲んでいた。
「俺に毒は効かない。酒も過ぎれば毒と変わらないからな」
「ああ、なるほどね……それじゃあ、次を最後のゲームにしましょう」
もう十分、楽しんだ。そろそろお開きにしよう。
(最後は勝って終わりたいが……さて、どうしたものかな)
残念ながら、カイムはダーツの腕前ではロズベットよりも一段劣っている。
このままでは、次のゲームでも敗北してしまうだろう。
(何か奇策でもあれば良いんだが……尻でも撫でてみるか?)
普通に反則である。
怒られそうだし、流石にセクハラは止めておく。
(別に酒を飲む罰ゲームは問題ないが…………ん、酒?)
ふと、ギリギリで反則にはならない策略を思いついた。
カイムは内心でほくそ笑んで、グラスに酒を注いだ。
「ンッ……!」
すると……矢を掴み、ダーツ台に向かっていたロズベットが小さく声を漏らした。
「どうかしたか?」
「いえ……何でもないわ」
ロズベットが不思議そうな顔をしながら、三本の矢を投げる。
20のトリプルを三連続。180点の加算である。
「貴方の番よ」
「ああ」
カイムも同じく180点を取った。
「…………」
「どうした? お前の番だぞ?」
「え……ええ、投げるわよ」
ロズベットが何故か動揺した様子を見せながら、三本の矢を手に取った。
「あ……」
すると、今度は一本を外してしまった。
何故か指先が震えており、狙いが逸れてしまったのだ。
「……酔いが回ってきたのかしら?」
ロズベットが不思議そうな表情を浮かべている。
自分がどうして的を外してしまったのか、自分でも理由がわかっていないようである。
(ああ、思ったよりも効いているみたいだな)
そんなロズベットの背中を見て、カイムがニヤリと笑った。
ロズベットは気づいていないようだが……このテーブルの周りをうっすらと甘い香りが包み込んでいた。
それはカイムが発した毒ガスである。カイムは呼吸によって少しずつ、少しずつ口から毒を流し、ロズベットに摂取させていたのだ。
(コイツも殺し屋。もしもこれが致死性の毒薬だったら、直感的に危機に気がついたんだろうな)
だが……カイムが出している毒ガスは命を奪うようなものではない。
それどころか、人体にほぼ害がない。微量を少しずつ酒の匂いに混ぜて流せば、誰であっても気づけないような物だった。
(普通の人間にとっては無害な毒。だが……お前には効くだろう?)
「次は俺の番だな」
カイムはまたしても180点を取る。
しかし……続いて投げたロズベットの矢は三本とも外れてしまい、一本は的の外に落ちてしまった。
「これは……何だか、おかしくない?」
そこまで不調を起こして、ようやくロズベットは異変に気がついた。
「さっきからやけに身体が熱いし、手足が震えるし、頭がボンヤリするし……貴方、何かしているでしょう?」
「ああ、バレたか」
カイムは隠すつもりもなく、あっさりと明かす。
「俺の毒を吸い込んでもらった……お前の大好物だろう?」
「ッ……!」
ロズベットが慌てた様子で口を押える。
今更、もう遅い。すでにロズベットの肌はすっかり紅潮しており、表情も明らかに色っぽくなり牝の顔となっている。
カイムの毒は相性の合う女性にとって媚薬として作用する。
ロズベットはかつて樽一杯分の毒を飲んでしまったことにより、すっかり中毒になっていたのだ。
「卑怯ね……恋人に一服盛るだなんて、恥ずかしくないのかしら?」
「俺は初めてダーツをやるビギナーだぞ。この程度の盤外戦術は見逃せよ」
「……ズルイわ。本当に」
ロズベットが悔しそうに上目遣いで睨みながら、モジモジと股を擦り合わせる。
「フン……負けは負けだな」
カイムは酒をボトルごと手に取り、一気に呷った。
そして、ロズベットを抱き寄せて唇を重ねる。
「んぐ、んぐ……ンンッ……あはあっ……!」
口移しでロズベットに酒を飲ませ、同時に己の唾液を流し込む。
カイムの体液を注がれたロズベットがビクビクと痩身を震わせ、軽い絶頂を迎える。
「あふ、んはっ……ほんとうに、ずるい……」
「俺の勝ちということで、罰ゲームだ。さっき店員から聞いたんだが……このダーツバーでは二階で休憩ができるらしいぞ?」
「……早く、いきましょう」
カイムに体重を委ねながら、ロズベットが淫靡に微笑んだ。
「そういうわけだ。部屋を借りるぞ」
こちらを見て赤面している店員に金貨を放り、代わりに部屋の鍵を受け取る。
カイムはロズベットの肩を抱いて支えながら、ダーツバーの端にある階段を上っていった。




