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223.殿の意地

「ハア、ハア、ハア……!」


「クソ……まさか、我が軍が破れるだなんて……!」


 息を切らして、戦場から逃げ出す者達がいた。

 彼らはアーサー配下の軍勢……赤虎騎士団の残党である。

 団長が戦死して、アーサーが転移されたことにより、頭を失った西軍は完全に瓦解していた。

 あちこちで兵士が敗走しており、同時に厳しい残党狩りが行われている。


「こんなことなら、俺達もランス殿下に付いていれば良かった……!」


 彼らの胸中を満たしているのは激しい後悔だった。

 赤虎騎士団は下級貴族出身者によって構成されている。

 権威や序列を重んじる貴族であるがゆえに、第一皇子であるアーサーを支持していた。

 アーサーは軍国主義者だ。臣下にも武闘派が多く、今回の戦いは圧倒的に有利であるとみなされていた。

 だが……終わってみれば、結果はどうだ。

 アーサーを支持する軍勢は完全に崩壊。敗走しているではないか。


「お、俺は反対だったんだ……アーサー殿下よりも、身分に捉われないランス殿下の方が良かったのに、どうして、こんなことに……!」


「馬鹿野郎! 泣き言を言っている暇があったら脚を動かせ。追いつかれたら死んじまうぞ!」


「まったくだ……おしゃべりな兵士は早死にするぞ」


「…………!」


 ゾッとするような声が浴びせられる。

 声の方を振り返ると、そこには紫髪の青年が立っていた。


「まったく、敵将を討ったばかりで追撃戦だ。人遣いが荒いよな」


 現れたのは『毒の王』……カイムである。

 ガウェインとマーリン、二人の敵将を討ち取ったカイムであったが……さっそく、残党への追撃に駆り出されたらしい。


「投降するならば命は取るなと言われている。余計な手間をかけさせるな」


「ク、クソガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「殺られて堪るか! この野郎!」


 西軍の兵士達は貴族らしからぬ口汚い罵りを発して、カイムめがけて武器を振りかざす。


「やれやれ……命を大事にしろよな」


 カイムが呆れた様子で溜息を吐いて、兵士達と交差しながら右手を一閃させる。

 カイムは丸腰。武器など持っていないにもかかわらず、兵士達の首が鋭い刃物で斬られたかのように切断された。

 闘鬼神流・基本の型――【青龍】

 圧縮魔力を刃のようにして肉体に纏う技である。


「命は取らないと言っているのに、どうして立ち向かってくるかね。自殺志願者なのか?」


「兵士達にも意地があるということだ」


「……お前は?」


 新たに一人の男が現れる。

 大柄な男である。両手に剣を手にした二刀流。

 筋肉で武装した肉体から放たれる濃密なオーラから、相手が有象無象の雑魚ではないことが伝わってくる。


「赤虎騎士団副団長……ガレオス・マイザーである」


「副団長……それなりに大物というわけか。お前は降参するつもりはあるのか?」


「笑止。今更、矛の向きを逆にはできまい」


 マイザーと名乗った男が双剣を構える。


「我は逃げぬ。兵士達が逃げ帰るだけの時間を稼がせてもらおう」


「殿というわけか……良い覚悟だが、実力は伴っているか?」


「ムンッ……!」


 カイムが圧縮魔力による刃で斬りつけると、マイザーは双剣によって受け止めてみせる。


「へえ……良い反応だ」


「当然である……この首、容易く取れるとは思うな!」


 マイザーが双剣を嵐のように降り、カイムに無数の斬撃を浴びせかけてきた。

 カイムも両手に圧縮魔力を纏って敵の攻撃を捌きながら、反撃の隙を窺う。


(なるほど……大口を叩くだけあって、それなりの腕前は持っているわけか)


 ガウェインほど卓越した技量ではないものの、一軍の副団長を名乗れるだけの力量は身に着けているらしい。


「だが……強敵と呼べるほどではないな」


「グッ……!」


 カイムが斬撃の間隙を縫うようにして、圧縮魔力を鞭のように伸ばした。

 カウンターの一撃によってマイザーの脇腹が抉られ、ブチャリと音を鳴らして鮮血が流れ落ちる。


「念のためにもう一度……降伏して投降するつもりはないか?」


「…………」


「そうか、結構な忠誠心だ」


 無言で双剣を構え直したマイザーに、カイムは説得を諦める。

 その後は一方的な戦いだった。カイムがひたすら攻めて、マイザーは完全に受けに回っていた。

 それでも……殿としての意地は見せた。

 数分間、東軍の最高戦力であるカイムを足止めしたことにより、いくらかの西軍の兵士が命を拾って逃げ延びることができたのである。



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