222.手負いの覇王
「…………!」
ベーウィックの西、ベータ平原にて毒を受けたアーサー・ガーネットであったが、気がつけばお膝元である帝城にいた。
「アーサー殿下!」
「殿下、そのお怪我はどうされたのですか!?」
マーリンの魔術によって転移してきたアーサーに、複数人の臣下が駆け寄ってくる。
「お前達は……」
「すぐに治療を……御安心ください。ここには医師も神官もそろっています!」
「マーリン様の命により、いざとなれば殿下を送るからすぐに治療するようにと待機していたのです!」
「…………」
最初から、わかっていたのだろうか。
マーリンには……アーサーが逃げ帰ることになることが。
マーリンには未来予知の能力がある。確実でないにせよ、そうなる可能性は考慮していたのだろう。
「オオオオオオオオオオオオオッ!」
「ヒッ……!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
アーサーが絶叫した。力の限り。
肺の中身が空っぽになるまで叫び、床を拳で殴りつける。
「あ、アーサー殿下!」
「錯乱しているぞ……抑えつけろ!」
周りにいる医師や神官が慌てた様子でアーサーに飛びつき、暴れる身体を抑えつけようとする。
(負けた……予が、この俺が敗北した……!)
敗北だった。言い訳のしようがない。
ランスは自らを餌にしてアーサーをテーブルにつかせ、自分諸共、銃弾を浴びせかけた。
銃弾に塗られた毒によってアーサーは戦闘不能。こうして、逃げ帰ることになってしまった。
(卑怯とは思わん。勝つためにあらゆる手段をとるのが戦争というものだ……俺は敗北したのだ。ランスに……!)
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「アーサー殿下! アーサー殿下!」
医師と神官が身体を抑えつけようとするが、構うことなくアーサーは床を殴りつけた。
そのせいで毒の回りが早くなるなど、構っていられる心の余裕はない。
「ハア、ハア……見事だ。ランス。見事だ……!」
ひとしきり叫んで、殴ってから、アーサーはようやく落ち着きを取り戻す。
医師がアーサーに鎮静剤を打ってきたが……もはや、抵抗する気にも慣れない。
(俺は敗北した。おそらく、ガウェインとマーリンは戻ってきまい。総指揮官を無くした軍も無事では済まない)
冷静さを取り戻した頭で今後のことを考える。
立て直しすることは可能だろうか。ここから、巻き返すことができるだろうか?
(無理だな)
アーサーはすぐに答えを出す。
優れた戦争家であるがゆえに、自分が取り返しのつかない敗北を喫していることを理解していた。
ガウェインとマーリンという側近を失った。
率いていた軍勢も壊滅するだろう。いくらかの兵士は逃げ帰ってくるだろうが……心が折れた敗残兵など、どれだけ役に立つだろう。
勝利によって勢いづいたランスの軍勢を止めることはできまい。
(もしもできることがあるとすれば、ランスを暗殺するくらいだが…………ないな)
そこまでして、皇帝になりたいとは思わなかった。
家族の情や、正々堂々という話ではない。アーサーは戦を愛している。神聖な戦争によって定まった結果をくだらないやり方で歪めたくないだけだ。
(帝都に籠城すればしばらくは耐えられるだろうが……悪足掻きだな。みっともない)
「……開門せよ」
「は……何か仰いましたか?」
「帝都の門を開け放てと言っている。敵であろうと、味方であろうと、門をくぐる者を阻んではならぬと兵士達に伝えよ!」
「は、はいっ!」
アーサーが怒鳴るように言うと、医師がビシリと背中を伸ばした。
「勝者を歓迎してやらねばなるまい……ランスが到着したら、予に知らせよ。長兄としての最後の務めを果たすとしようか……!」
たとえ敗北したとしても、アーサーは覇者である。
敵にも味方にも無様なところを見せはしない。最後の瞬間まで堂々としてやろうではないか。
第一皇子アーサーと第二皇子ランス。
二人の戦争の決着はついたものの、兄弟喧嘩がまだ終わったわけではない。
物語の最後の舞台は帝都。
ガーネット帝国の中心にて、アーサーは弟の到着を今か今かと待ち構えていたのであった。




