220.決着ー急転直下
「まさか、予が不意を突かれるとはな……やってくれるではないか!」
登場したカイムに、マーリンから手当てを受けているアーサーが吠えるように叫ぶ。
カイムの奇襲に直前まで気がつかなかった。『毒の女王』と融合したことで常人を越えた魔力を持つカイムの気配を感じ取れないわけがないのに。
「何故……いや、そうか! ミリーシア、お前がやったのだな!」
「…………」
アーサーがカイムに背負われたミリーシアに目を向けた。
ミリーシアは黙って、しかし毅然として長兄を睨み返している。
カイムの気配に彼らが気がつかなかった理由……それはミリーシアが張っていた結界である。
開口一番の魔法攻撃を終えたカイムは軍勢の中に身を隠してミリーシアと合流、彼女を連れて再び【朱雀】によって空に飛び上がった。
ミリーシアは神聖術の使い手。治癒以外にも結界を得意としている。
結界によってカイムの魔力を隠蔽。後は雲の中に身を隠していれば、マーリンほどの魔術師にも存在を気取られずに済む。
「お前は後方で負傷兵の治療に従事していると聞いたが……それも誤報だったか」
「やっぱり、他にも内通者がいたか。警戒していて正解だったわけだな」
アーサーの言葉に答えたのはミリーシアではなくカイムである。
彼らは東軍側にいる内通者が商業ギルドのエイブスだけではなく、他にもいると考えていた。そこで……軍議ではミリーシアが治療に専念しているという偽りの情報を伝えておいたのである。
「それじゃあ、リベンジマッチだ。周りも騒がしくなってきたし……決着をつけようか?」
周囲から戦いの喧騒がする。
ランスを支持する兵士、アーサーを支持する兵士、両者が激しくぶつかり合っている。
敵も味方も大騒ぎ。これが祭りであれば最大の盛り上がりだ。
「決着をつけるには良いタイミングだろう? もちろん、付き合ってくれるよな?」
「当然だ」
アーサーが立ち上がって剣を抜こうとするが……そこで口から吐血した。
「ゴフッ! ゲホゲホッ……!」
「アーサー殿下……無茶です!」
「動いたら死ぬわよお。やめておきなさい」
「黙れ、貴様ら。覇王に恥をかかせるな!」
アーサーはカイムとの戦いに応じようとするものの、明らかに膝が震えてしまっている。剣を持つ手にも力はない。帝城で戦った時とは別人のようだ。
(それでも、身体から発される覇気には少しも衰えはない……本当に大した男だよな)
カイムはアーサーに対して心からの敬意を抱く。
もしもミリーシアと出会っていなければ、カイムは彼の側についたかもしれない。
戦いに身を置く者同士、きっと気も合うことだろう。
カイムはアーサーと向かい合いながら……自分から仕掛けはしない。それはせめてもの誠意だった。
仮にカイムが飛びかかったとしても、アーサーの前に立ちふさがったガウェインがそれを許さなかっただろうが。
「ランスお兄様……大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫大丈夫……ゲホゲホッ!」
「全然大丈夫じゃないですよっ! 顔が緑色だし、全身の毛穴から血があっ!」
カイムの背後ではミリーシアがランスの手当てをしている。あちらはあちらで重傷のようである。
「ウ、グ……ゲホ、ゲホゲホッ……!」
「マーリンよ、殿下を連れて転移することはできるか?」
「可能よ。ただ……転移させられるのは殿下だけね。流石に魔力が足りないわあ」
「そうか……ならば、殿下を安全な場所へ。殿は我が務めよう」
黒騎士ガウェインの身体からにじみ出る闘志。
主君を守るために犠牲となる覚悟をした男の決死の覇気。
「待て……許さぬぞ、ガウェイン、マーリン! 覇王である予が戦場から無様に逃げ出すなど、そんなことは……!」
「最上位転移魔法……【|妖精の橋《》】」
「待っ……!」
アーサーが制止しようとするが……マーリンが魔法を発動させる。
アーサーの姿が掻き消える。転移魔法によってどこかに送られたようだった。
「……逃がしたか」
カイムがつぶやく。
やられたという気持ちはあるが、反面でカイムは安堵を覚えていた。
(弱っている奴を殺してもな……まあ、俺の毒でやられているわけだから俺の勝ちといえなくもないが)
ここでアーサーを仕留めたとしても、カイムは不完全燃焼を覚えることだろう。
完全決着は先送りになってしまったが……それで良い。そんな気がした。
「お前らは逃げないんだろう? 相手をしてくれるよな?」
「当然だ」
「ま、仕方が無いわねえ」
ガウェインが槍を構えて、マーリンが掌に魔法陣を浮かべる。
アーサーはデザートに取っておくとして……まずは彼らへのリベンジを果たすとしよう。
「それじゃあ、征くぜ!」
カイムは牙を剥いて獣のように笑い、二人に向けて飛びかかっていった。




