219.決着ー真打登場
「アーサー殿下!」
「殿下……!」
突然の出来事にガウェインもマーリンも動くのが遅れた。
出遅れた理由はいくつかある。
一つ目は物理的な距離が開いていたこと。アーサーの命令によって二人は天幕の端に寄っていて主君から離れた場所にいた。
二つ目は敵が離れた位置から射撃をしてきたこと。もっと近くにいたら気配を感づくことができた。カイムの魔法を防ぐためにマーリンが魔力を消耗していたのも大きい。省エネのために気配を察知する魔法の範囲を絞っていたのだ。
そして……何よりも三つ目。銃を持った兵士がランスの後方にいたこと。あの位置から撃てばランスも巻き添えになる……そんな疑問と困惑が一瞬の硬直を生んだ。
二人が出遅れたのは一秒にも満たない時間だったが……弾丸の速度はそれを上回る。
数十人の兵士の斉射はアーサーとランスをまとめて蜂の巣にした。
「グッ……!」
「痛っ……思った通り、キツイなあ……」
アーサーとランスが椅子から転倒する。
ランスはそのまま地面を転がってしまうが、アーサーはすんでのところで片膝をつくに留まった。
「これがお前の切り札か……ランス!」
そして……弟に向かって顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
憤怒の表情。罠に嵌めたことを怒っているのかと思いきや……その怒りの源泉はまるで別の場所にあった。
「こんな……こんなくだらない児戯で予殺せるとでも思ったのか!? たかが鉛玉ごときで予が、俺が死ぬと舐め腐っていたというのか!?」
アーサーが激怒している理由……それはランスの罠が想像以上に大したことがなかったからである。
自爆覚悟の不意打ちを受けはしたが……アーサーが致命傷を負っているかと思えば、そんなことはない。
無数の弾丸がアーサーに命中しているものの出血はほとんどなかった。
それもそのはず……この世界において、『銃』という武器は決して強力なものではない。
魔力で肉体を強化した人間であれば致命傷にはならない。銃弾は小さく火薬の力で飛ばすという性質上、魔力を込めて強化することが難しいからだ。
誰にでも使うことができるという汎用性はあるものの……せいぜい、護身具が獣狩りに仕える程度という認識だった。
そんな玩具で殺せる程度だと思われていたのなら……それはアーサーにとって、顔に唾を吐かれるような侮辱である。
「許さんぞ……もはや生かしておかん! この手で八つ裂きに……!?」
立ち上がってランスに掴みかかろうとするアーサーであったが……急に膝が崩れた。
膝をつくどころか、片手を床についてしまう。
「これ、は……!」
「殿下……貴様、何をした!」
ガウェインがアーサーを庇う立ち位置に移動して、ランスとその向こうにいる銃を持った兵士を睨みつける。
マーリンがアーサーの傍にしゃがみ込んで主人の肩に触れて、スウッと目を細める。
「毒ね……しかも、複数の毒物を同時に撃ちこまれているわ」
「毒、だと……」
「ああ、そうだよ。アーサー兄さん……ミリーシアの恋人に作ってもらったんだ」
床に倒れたランスが悪戯を成功させた子供のように痛快そうに笑う。
「弾丸に毒を塗っておいたんだ。単一の毒だったらすぐに中和されるだろうけど……無数の毒を同時に撃ちこんだら、マーリン女史といえど簡単に治すことはできないだろう?」
「ランス……貴様、死ぬつもりか?」
ランスもまた弾丸をいくつも喰らっている。
複数の毒を受けており、死ぬ可能性は十分にあった。
「命を懸けるくらいしないとアーサー兄さんには勝てないとわかっているさ。お互い、ここは運頼みだよ」
「……クハッ!」
ランスの返答に、アーサーが噴き出すように失笑した。
先ほどまで顔面を覆っていた憤怒が鳴りを潜め、代わりに歓喜の色で染まっていく。
「ハハハハ、先ほどの言葉は撤回しよう……見事だ、我が弟よ!」
「それはどうも……だけど、まだ終わりじゃないよ」
「ほう? それはいったい……」
アーサーが訊ねようとするが……そこで傍らのマーリンが手を頭上に掲げた。
「【アイギスの盾】!」
上方向に向けて魔法の盾が展開される。
直後、天幕の上部を破って何かが飛び込んできた。
「オラアッ!」
「ッ……!」
盾を衝撃が襲う。
ギチギチと空間が軋むような音がして……やがて、止んだ。
「奇襲失敗……だが、タイミングは悪くなかったな」
「貴様……!」
「『毒の女王』……!」
ガウェインとマーリンが同時に唸った。
「誰が『女王』だ。俺は『毒の王』だって言っているだろうが!」
天幕に飛び込んできて不意打ちを放ってきたのは『毒の王』……カイムである。
何故かミリーシアを背中に負ぶったカイムが、再びアーサー達の眼前に現れたのだった。




