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218.決着ー風雨対牀

「……お前はいつでも予を驚かせてくれるのだな。弟よ」


 受け攻めいくつもの選択肢を想定していたが……これは予想外である。

 てっきり、ここに待ち構えているのはランスではなくカイムであると考えていた。

 あるいは、幾人もの兵士が武器を手にしているか、何らかのトラップを仕掛けてくるか、天幕の中が空っぽで本当の陣地は別の場所にある可能性も想定している。

 だが……これは本気で予想外だ。普通にランスが待っているとは思わなかった。


「本当に楽しませてくれる……褒めて遣わす」


「偉そうだなあ。もう皇帝になったつもりかな?」


 当然のように上から目線の兄に、ランスが苦笑する。

 そして……テーブルを挟んで対面にある椅子をチョチョイと指差した。


「座りなよ。それとも……僕の紅茶は飲めないのかな?」


「フン……」


 アーサーが鼻を鳴らす。

 近くに護衛の気配はない。ここで怯えて退くことなどアーサーのプライドが許さない。


「アーサー殿下……!」


「二人とも下がれ」


 ガウェインが迂闊な行動を窘めようとするが、アーサーが一喝する。


「兄弟の会話である。丸裸でいる弟の前に護衛を並べるなど、予の誇りを穢すな」


「…………」


 主君に命じられて、ガウェインとマーリンの二人が天幕の端に移動する。

 それでも、何かあれば動けるように警戒は怠らない。


「出涸らしを飲ませたら承知せぬぞ」


「わかっているって。客人のおもてなしの作法くらい心得ているさ」


 アーサーが椅子に座ると、ランスが手際よく紅茶を淹れる。

 ティーカップから立ち昇る芳醇な香り。その匂いだけでそれがとんでもなく高価な茶葉であるとわかるものだ。


「ミルクも入れて、砂糖は……」


「スプーン五杯だ」


「……相変わらず、甘党だよね。そういうところは可愛げがあって好きだなあ」


 ランスが愉快そうに肩を上下させた。

 見た目にも正確にもよらないが、アーサーは弩が付くほどの甘党。おまけに酒が一口も飲めない下戸だったりする。

 そういうところは妙に人間味があるとランスもミリーシアも思っていた。


 ランスが紅茶を置くと、アーサーは迷いなくそれを一気飲みした。

 毒見などしない。豪快過ぎる飲みっぷりだった。


「もうちょっと味わってもらいたいなあ。まだデザートも到着していないっていうのに」


「それで? いったい、予に何の話がある?」


「話? 何のことかな?」


「惚けるな。予に聞きたいことがあって一席を設けたのだろう。駆け引きはいらん」


 アーサーが音を立てることなくティーカップをテーブルに置く。


「いつもそうだったな。話しづらいことがあるときにはこうして紅茶を淹れて機嫌を取ろうとする。子供の時からまるで変わっていない」


「砂糖五杯に言われたくないけど……まあ、いいや」


 ランスはおかわりの紅茶を注ぎつつ、口を開いて本題を切り出す。


「単刀直入に訊ねるけど……父上の遺言書はどこにあるのかな?」


「遺言書? 皇帝はまだ生きているが?」


「ダウト……嘘が下手だね、僕の目は節穴じゃない」


 ランスが三本の指を立ててここぞとばかりに指摘する。


「一つ、僕とアーサー兄さんが争っているのに父上が止める様子がない。いくら病床でも大人し過ぎる」


「…………」


「一つ、兄さんが自分のことを『予』とか言っている。兄さんは傲慢だけど立場はわきまえる人だ。父が生きているうちはそんな一人称は使わない」


「…………」


「一つ、ミリーシアが……」


「良い。黙れ」


 一本ずつ指を折っていくランスに、アーサーがどうでも良さそうに鼻を鳴らす。


「察しの通り……父上はすでに崩御している。予が正式に戴冠を行うまではそのことは一部の者しか知らない」


「そっか……それで遺言書は?」


「やけにこだわるな……何か理由でもあるのか?」


 アーサーが鋭く睨みつけるが、ランスは揺らがない。

 動揺も恐怖も見せることなく穏やかな表情のまま言葉を続ける。


「内容は概ね予想はできているんだ。だけど……自分の目で確かめなくちゃ信じられない。信じたくないと言った方が正確なのかな?」


「フン……くだらん」


 アーサーが再びティーカップを手に取るが、今度はそれに口を付けることなく中身を床に捨てる。


「父上とはいえ……死人の言葉になど興味はない。遺言書は確かに予が預かっているが、世間に公表されることはないだろう」


「それは……どうしてもかい?」


「欲しければ奪ってみせよ。予に勝ったらくれてやる」


「そっか…………それじゃあ、遠慮なく」


 ランスがパチリと指を鳴らした。

 その瞬間、ランスの背中側の天幕がハラリとめくられる。


「…………!」


 露わになった外の光景。そこには二十メートルほどの距離を挟んで東軍の兵士達がいた。

 兵士達は剣も槍も持っていない。弓すら手にしていない。

 代わりに……彼らが手にしているのは黒い金属製の武器である。


「銃か……!」


「大正解……それじゃあ、デザートを召し上がれ」


 ランスが右手を上げると、兵士達が持った銃が火を噴いた。

 テーブルに着いたランスとアーサー……二人の身体に鉛玉の雨が浴びせられた。


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