213.ロズベットの戦いー活殺自在
戦場の左翼側。そこでの戦いは膠着状態にあった。
「クッ……おのれ、よくもやってくれたな!」
「射ろ! もっと矢を射かけよ!」
そこで戦っているのは貴族の領軍である。
アーサー、ランスを支持しているそれぞれの貴族が配下の兵士を戦い合わせていた。
兵士の数は西軍が上。しかし、数の優位を生かしきることができずに戦いは均衡を保っている。
「アイツら……いったい、どうやってあれほどの防具を手に入れたんだ……!?」
西軍側の指揮官の一人が歯噛みするようにして言う。
戦いが膠着している要因として、東軍側の防具がやたらと優れていることがあった。
東軍……その先頭で戦っているアトラウス伯爵家の領軍はいずれも『竜鱗』と呼ばれる高価な素材でできた防具を身に着けている。
竜鱗は文字通りにドラゴンの鱗。亜竜と呼ばれるドラゴンの亜種からも採ることができる貴重な素材だった。
その防御力は非常に高く、おかげで西軍側の猛攻を耐えることができていた。
「そういえば……アトラウス伯爵の領地ではワイバーンが大量発生したのだったな。もしかして、その素材を使っているのか……?」
「ワイバーンといえば五匹もいれば小さな町を壊滅できる怪物だ。いったい、どうやってワイバーンのスタンピードを解決したというのだ?」
西軍側の予想は的を射ている。
アトラウス伯爵家の兵士が身に着けている防具にはワイバーンの鱗が使われている。それはカイムと彼の毒によって討伐されたワイバーンの素材。
時間が無い中で作った急ごしらえの装備だったが、十分に戦場で活躍をしていた。
「このままでは突破することはできない。いっそ犠牲を覚悟で強引に攻めて……」
「心配はいらぬ。そのままじっくりと攻めよ」
強行突破を図ろうとする西軍であったが……一人の将が待ったをかける。
若い貴族らを窘めたのは威厳のある髭面の老兵であった。
「バックステン辺境伯……」
西軍の貴族達が息を呑む。
その人物は七十を越えているであろう年齢であったが肉体に衰えは見られず、寄らば切れるような鋭い気配を放っていた。その雰囲気だけで、彼が馬齢を積み重ねただけの老骨ではないとわかる。
「戦は焦ったら負けじゃよ。無理に攻める必要はない。ジックリと時間をかけて攻略せよ」
「ですが……辺境伯、このままではアーサー殿下に置いていかれてしまいます」
「構わぬよ。奴らをこの場に釘付けにできれば十分じゃ」
バックステンが落ち着いた声音で言う。ここが戦場だというのに少しも心を乱した様子がない。
それもそのはず……バックステンは名前の通りに辺境伯。ガーネット帝国南部にある国境地帯を守る貴族であり、彼は日常的に他国と小競り合いをしていた。
戦にも慣れたもので、この場にいる貴族たちのまとめ役を担っていた。
「じきにアーサー殿下がランス殿下を討ち取ることじゃろう。我らはそれを邪魔させぬように此奴らを釘付けにできれば良い。無理に攻めれば敵の思うつぼ。このまま時間をかけて攻めかけるのじゃ」
「なるほど……」
「流石はバックステン辺境伯。慣れていらっしゃいますなあ」
若い貴族達が感心した様子になる。
この人についていけば、いくら敵が防備を固めていても問題あるまい……そう確信させられる。
「我ら指揮官が浮足立っていては兵士にまで混乱が伝わってしまう。お前達ももっと堂々として……」
そこまで口にしたところでバックステン辺境伯が言葉を止める。
急に黙り込んだバックステンに他の貴族達が怪訝そうな顔になるが、直後、頼りになる老兵が崩れ落ちるようにして倒れた。
「なあっ!?」
「バックステン辺境伯!?」
「あっけないわねえ。こんな簡単に後ろが取れるとは思わなかったわ」
倒れたバックステンの背中から一人の女性が現れる。
ネイビーブルーの髪を編み込み、血の付いたナイフを手にした美麗な女性。
元・殺し屋。現在はミリーシアに雇われた用心棒である『首狩りロズベット』だった。
「『鬼将』のバックステンも年を取ったらおしまいね。正直、ガッカリな気分だわ」
「よくも辺境伯様を!」
「曲者だ! 殺せ!」
「ウルサイわよ。羽虫は羽虫らしく死んで頂戴」
武器を持っていきり立つ貴族達であったが……即座にロズベットの身体が躍動する。
しなやかな肉体を猫のように走らせて貴族達の間を駆け抜けると、次々と首が落ちていく。遅れて、噴水のような血が噴き出す。
ロズベットは頭上から降りそそぐ血のシャワーを浴びながら凄惨に笑う。
「ちゃーんと仕事はしないとね。これで崩れるでしょう。次はどこを狙おうかしらねえ?」
兵士達が集まって来るよりも先にロズベットはそそくさと引き上げていった。
ロズベットが西軍の指揮官を暗殺したことで膠着が崩れた。
指揮官を失った領軍の兵士達は瓦解。アトラウス伯爵に率いられた東軍の兵士達によって蹂躙されることになった。
後からこの場を訪れたアトラウス伯爵らは、誰にやられたのか不明な貴族達の死体に首を傾げることになるのだった。




