212.ティーの戦いー弱肉強食
黒竜騎士団団長デバルダン。
かつてはランスに仕えていたが、『湖の乙女』の調略に引っかかってアーサー側に鞍替えした裏切り者。
異国人であるために十分な信用を得ることができず、最前線に設置され……そして、カイムの魔法攻撃に呑み込まれたはずの男である。
「デバルダン団長……貴方は何をしているんですか?」
裏切ったはずの元・上司の登場。
おまけに、彼にとって味方であるはずの赤虎騎士団団長に対する攻撃。
わけのわからない事態の連続にイッカクが呆れた様子で疑問を口にする。
「貴方はアーサー殿下に寝返ったはず。それなのにどうして……」
「黙れ」
イッカクの疑問に対する答えはシンプルだった。
デバルダンは真っ赤に充血した目を向けてきて、吠えるように叫んだ。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ! どいつもこいつも俺を舐め腐りやがって……傭兵の何が悪い! 馬鹿にしてんじゃねえぞカス野郎共! 死ね死ね死ね死ねシネシネシネ……誰も彼もぶっ殺してやらアッ!」
「…………!?」
デバルダンの言葉にはまるで理性が感じられない。
怒りによってまともな思考ができておらず、両手に生えた鋭い爪で手近にいた兵士を斬りつけている。
初対面のティーは知りえぬことだが……デバルダンは異国人であり、モグラの獣人だった。おそらく、カイムの毒も地面を掘って逃れたのだろう。
「ギャアッ!」
「グワアッ!」
「これは……いったい……?」
「イッカクさん……でしたね。混乱している場合じゃありませんの。ビッグチャンスですわ」
かつての上司の変貌に戸惑っているイッカクに、ティーが囁きかける。
「指揮官がやられて敵が混乱していますの。今なら、楽に倒すことができますわ」
ティーが言うとおり、赤虎騎士団は頭を失って混乱の渦中にある。
イッカクは頷いて、部下に指示を出して一気に敵を片付けようとした。
「わかりました。確かにチャンスです」
「あのおかしな男はティーに任せるですの」
「はい、お任せします……どうか、引導を渡してあげてください」
イッカクがわずかな哀れみを込めて言い置き、部下のところに向かって行った。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「さて……それじゃあ、ぶっ殺ですわ」
ティーがデバルダンに目を向けた。
正直なところ、この男のおかげで助かった部分はある。
敵将を倒してくれた。場が乱れてチャンスが生まれた。おかげで不利な戦いを覆すことができそうだ。
「でも……もう用済みですわ。さっさと退場してもらいますの」
ティーの身体から強烈な魔力が立ち昇る。
獣人であるティーは魔法が不得手であるが、体内の魔力を使って肉体を強化させることは可能。むしろ得意技である。
カイムとの交わりによって日々魔力が増大しており、比例するように身体能力も強化されていた。
「アアッ!? 女アッ、俺の邪魔をするんじゃねえぞおっ!?」
ティーの闘気に気がついたデバルダンが顔を向けてきた。
両手に生えた鋭い爪を見せつけてきて、歯を剥いて威嚇してくる。
「ガウウウウ……御託はいりませんの。殺るか殺られるか、それが獣人のルールのはずですわ!」
「上等だ……!」
デバルダンが爪を構える。
ティーはあえて手にしていた三節棍を捨てて、素手で相手と向かい合った。
虎人と土竜人。獣人と獣人。
どちらも武器を持っていない素手と素手。
原始的で野生的な彼らにとって、それは本来のスタイルの戦い方だった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「ガウウウウウウウウウウウウウウウッ!」
二人の身体が交差する。決着は一瞬でついた。
両者の爪が交わって、一方がへし折れ、一方が相手の身体を八つ裂きにする。
「ガ、ハ……」
「勝負あり、ですわ」
勝利したのはティーだった。
ティーの両手の爪から血が滴って地面に落ちる。魔力を集中させた爪は岩盤だろうと容赦なく斬り裂く。
「何故……俺は……どこでまちがえた……?」
「そんなことは知りませんけど……少なくとも、ティーに挑んだのは間違いですわ。虎とモグラでは勝負は最初から決まっていますわ」
「ああ……そうか……」
無数の爪痕から大量の血を流し、デバルダンが倒れた。
もしもデバルダンが冷静であったのなら……地面の中を移動して戦うなど、もっとやりようがあったはず。
だが……裏切った末に使い潰される結果となり、怒りで我を失っていたことが災いした。
かつて一軍のトップにまで立った男はあっけなく倒れ、名誉も金も得ることなく平原に屍をさらしたのである。




