210.レンカの戦いー明鏡止水
「ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「フフフ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
レンカが剣を振り、いくつもの斬撃を浴びせかける。
右、左、上、下……縦横無尽に繰り出される剣技であったが、スレインがそれを槍で捌いていく。
「この男……強い……!」
レンカが表情を歪めて唸った。
このスレインという男……言動こそ気持ちが悪いものの、実力は紛れもなく本物だった。
銀鷹騎士団の副団長を名乗っていただけあって、槍さばきは芸術の域にまで達している。
「さあ、もっと魅せてくれ! ときめかせてくれ! この私の心臓を君の刃で射貫いてくれ!」
「だから気持ちが悪い! 心臓を刺してやるからさっさと死んでくれ!」
レンカがお望み通りとばかりに左胸に向けて刺突を放つが、スレインが槍の柄で剣先を叩き落とす。
「フフフフ……じゃじゃ馬だな。僕の可愛い子猫ちゃん」
「馬なのか猫なのかどっちなんだっ! いや、そんなことよりも……!」
レンカはバックステップで距離を取って、激しい運動によって乱れた呼吸を整える。
(本当に気持ち悪いが……この男、本物だな)
レンカの攻撃がことごとく防がれてしまう。
槍と剣というリーチの差もあるが……純粋な技量において、相手の方が勝っているという証拠である。
レンカは全力で殺すつもりでかかっているのだが、相手の攻撃に殺意はない。
本当にレンカを妻にしようとしているのか……殺さずに根負けを待っているような雰囲気があった。
「それで終わりかな? 君が休んでいるうちに僕は君へのプロポーズの言葉を百通りは思いついてしまうよ?」
「…………」
スレインの言葉にいちいち反応してしまいそうになるが……レンカは深呼吸を繰り返し、心を鎮める。
(不利なのは技量だけじゃない……心でも負けている……)
スレインの発言一つ一つに精神が乱されている。それも不利に陥っている要因の一つだ。
(心が乱れれば魔力の制御も不安定になってしまう。心は刃、精神を研ぎ澄ませ……!)
「次の一撃だ」
「ん?」
「私が次に繰り出す斬撃……それを防ぐことができたのなら貴殿の妻になってもいい」
「…………!」
レンカの言葉にスレインがニチャアッと粘着質な笑みを浮かべた。
その表情は酷く癪にさわるものだったが……レンカはもう心を乱さない。研ぎ澄ました精神が乱れないように手にした剣に魔力を流す。
「ああ……ようやくわかってくれたんだね、私の愛しい花よ! いいだろう、いつでもかかってき給え!」
「そうか……では、征くぞ!」
レンカが地面を蹴って、スレインとの間の距離を詰める。
右手の剣に相手の意識が向いているのを感じながら……レンカは走りながらスッと背中を向けた。
「は……?」
レンカが背を向けたことでスレインの気勢が削がれる。
戦いの最中……しかも相手に向かって突進しながら背を向けるなんて、意味がわからないだろう。
(正規の武術を学んできた貴族の騎士だ。こんなことをされた覚えはあるまい……!)
「ハアっ!」
スレインの気が乱れた一瞬の間隙。レンカは右足を軸に大きく身体を捻って、渾身の回転切りを放った
「ッ……!?」
スレインの槍が弾き飛ばされて宙を舞う。
さっきまで気持ち悪い顔をしていたスレインの顔が驚愕に染まる。
それはカイムと旅の合間に模擬戦をしている最中、偶然生まれた技だった。
真剣勝負の最中で相手が急に背中を向ければ、虚を突かれた相手は硬直してしまう。その隙を突き、身体を回転させて痛烈な一撃をぶつける。
それは剣術というよりも詐術に近い技である。しかし……不思議なことに、殺し合いの戦いに慣れている人間ほど嵌りやすい。
(殺し、殺されの戦いの緊張感からの緩和。この毒は死を知っている者ほど強く効く……!)
「ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
相手は武器を失っているが……レンカはさらに追撃。
相手の脳天めがけて、最上段から垂直に剣を振り下ろす。
「クウッ……!」
スレインが呻きながらも籠手でレンカの斬撃を受け止めた。
攻撃を防いだ安堵からか、スレインの顔に気持ち悪い笑顔が戻ってくる。
「ハ、ハハハハ……止めた、止めたよ。これで君は僕の……」
「【無骨】」
「ハハハ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
スレインが絶叫した。
斬撃は間違いなく受け止めたはずだったのに……突如として、その右腕が切断されたのだ。不思議なことに防御に使った籠手は無事である。
「悪いが……圧縮魔力による衝撃波の刃は防御を貫通する」
レンカが冷たくつぶやいた。
新たに編み出した剣技――【無骨】。それはカイムの【応龍】をレンカなりに改良して編み出したものである。
圧縮魔力による衝撃波を撃ち込むことにより、防具を無視して相手を斬ることができる。
かなり集中力を要する技のため、少しの心の乱れも許されない妙技だった。
「う、腕が……ああああああああ……!」
「残念ながら、私には心に決めた人がいる……貴殿には少しも尻を叩かれたいとは思わないよ」
「アッ……」
何事かを口にしようとするスレインであったが……レンカが首を斬り飛ばす。
かなりの強敵であったが、どうにか勝利することができたようだ。
「フウ……勝ったか」
「レンカ殿! 後方に下がるぞ!」
だが……勝利したはずのレンカに味方の兵士が大声で指示を飛ばしてくる。
「アーサー殿下に率いられた軍勢が物凄い勢いで突っ込んでくる……ここはもう耐えられない! 一度退いて、体勢を立て直すぞ!」
「クッ……一難去ってまた一難というやつか……!」
レンカが西側に視線を向けて、悔しそうに奥歯を噛む。
昔のレンカであれば踏みとどまって戦ったかもしれないが……脳裏にカイムの言葉が反復される。
『俺の許可なく死ぬことは許さない』
「……わかっているさ。私を殺して良いのは貴殿だけだ」
愛しい男に向けてつぶやき……レンカは後方へと離脱していった。




