205.決戦前夜
軍議が終わり、とうとう決戦前日の夜になった。
カイムと仲間達は宿泊先の宿屋の一室に集まっていた。
軍議に参加していなかった仲間達にも情報を共有して、明くる決戦のために最後の話し合いである。
「……そういうわけだ。説明した通り、俺は遊撃兵としてアーサーの首を獲る。ミリーシアは後方で負傷兵の救護に当たる」
「では、私は姫様の警護に当たろう」
レンカがすぐに口を開いた。
ミリーシアの護衛として当然のセリフであるが、しかし、当のミリーシアが首を横に振る。
「いえ……レンカ、貴女は青狼騎士団に加わって前線に出てください」
「え? どうしてですか、姫様!」
「貴女の戦力は貴重です。後方に下がっているよりも前に出た方が力を発揮することができるでしょう。別で護衛が着いてくれる予定ですから、私のことは気にしないでください」
「……わかりました」
レンカが不承不承といった表情をしながらも神妙に頷く。
適材適所。ただでさえ戦力が不足している中で、レンカほどの実力者を温存してはいられないというわけである。
「それじゃあ、私は黒竜騎士団という人達の方に加わりますの」
続いて、ティーが小さく挙手をした。
「黒竜騎士団には異国人や亜人も多いみたいですし、私はそちらの方が馴染めると思いますわ」
「そうしてくれると助かります。ロズベットさんは……どうしますか?」
「私も自由に動かせてもらうわ」
ロズベットが両手を広げて、軽い口調で言う。
「私が殺し屋だと知ったら良くない顔をする人もいるでしょうし、正規軍とは距離を取らせてもらうわね」
「わかりました……くれぐれも無理はしないでくださいね」
「引き際は心得ているわ。危なくなったから周りを気にせず逃げるから心配しないで」
「ティーも無理はしませんの。カイム様のためならばまだしも、戦場で死ぬつもりなんてありませんわ」
ロズベットとティーが堂々と宣言をする。
二人が兵士であれば懲罰ものだが、殺し屋とメイドには命がけで戦う義務などない。
カイムとしても自分の恋人が死ぬまで戦うなど許せないので、彼女達の言葉に安堵をする。
「レンカ、お前も無理するなよ」
「私は騎士だ。逃げるわけにはいかないのだが?」
「死に場所を間違えるなって話をしているんだ。お前の主君はランスじゃなくてミリーシアだろう?」
「それは……確かにそうだな。カイム殿の言うとおりだ。自重するとしよう」
レンカが難しい表情で頷いた。
ミリーシアのために死ぬのならばまだしも、関係ない場所で命を落とすなどただの犬死にである。
騎士だからといって、命を懸ける時と場合は選んでもらわなくては困る。
「くう」
「お前は留守番だ」
小さく鳴きながら両手を上げて自己主張しているのはリコスである。
もちろん、カイムは即座に後方待機を命じた。
「クウッ! クウッ!」
「いや、そんな不満そうに鳴かれても無理なものは無理だ。お前を戦場に連れていけるわけがないだろう」
「クウン……」
リコスが唇を尖らせ、上目遣いでカイムのことを睨みつけた。
しかし……いくら拗ねたとしてもリコスの要望を通すつもりはない。
リコスがただの子供でないことは理解している。ガランク山での戦いでは、リコスが大人の姿に変貌しているのも目にしている。
(だけど……実際に戦えるかどうかもわからないのに、どうして戦場に連れていけるっていうんだよ)
カイムの判断は当然である。
リコスは『人魔』という存在であり、最古の殺し屋である『不死蝶』と戦えるほどの戦闘能力を秘めているが……それをカイムは知らない。
不確定な戦力を、ましてや外見は完全に子供であるリコスを戦いの場に連れていけるわけがなかった。
「……クウ…………」
「戦いが終わったら甘い物でも買ってやる。だから我慢しろ」
リコスに言い含めて、カイムは改めて仲間達に告げる。
「わかっていると思うが……お前らは俺の仲間だ。許可なく死ぬことは許さない」
正直な話……カイムは帝国の次期皇帝がランスになろうとアーサーになろうとどうでも良い。ランスの味方をしているのはミリーシアの願いを聞いただけである。
ランスのためにティーやミリーシア、レンカ、リコス、ロズベットが死ぬだなんて許さない。絶対に……断固として許さない。
「全員、生き残ることを最優先させろ。破ったらお仕置きだぞ?」
「はい、もちろんですの」
「カイムさんがそう仰るのなら」
「私はお仕置きも御褒美だけどな」
ティー、ミリーシア、レンカの三人が頷いて、ロズベットもクスクスと愉快そうに笑っている。リコスだけが不服そうに唇を尖らせていた。
かくして、物語の舞台は戦場へ。
ベーウィックの町の西……『ベータ平原』にて両雄がぶつかろうとしていた。




