199.商人の野望
「……と、いうわけだ。おかしな魔術師が狙っていたようだけど、もう倒したから問題はない」
「なるほど……そういうことでしたか」
カイムの説明を受けて、アトラウス伯爵は納得した様子で頷いた。
『湖の乙女』の魔術師、彼らによって召喚された悪魔を撃破したカイムは、峠を移動中のアトラウス伯爵と合流した。
事情を説明すると、自分達が強力な魔術師に狙われていたことに驚きながらも、安堵の表情で礼を言ってくれた。
「また、助けられてしまいましたな。感謝いたしますぞ」
「いや……ミリーシアへの義理を立てて参戦してくれるんだろう? むしろ、感謝したいのはこっちの方だ」
「いえ、他国との戦争を望んでいない我らにとって、やはりランス殿下に王になっていただいた方が都合は良い。決心がつかなかったところで背を押していただき、ミリーシア殿下には恩義しかございませんよ」
そこまで言って、アトラウス伯爵は「ところで……」と言葉を続ける。
「どうして、その魔術師達が我らを狙っているとわかったのですかな?」
「そうなるように仕組んだらしい……惚けているようで、俺達が王にしようとしている男はキツネだな。油断ならない男だ」
カイムが肩をすくめた。
今頃、ベーウィックの町では小さな騒動が起こっていることだろう。
嵌められてしまった男に対して同情するように、カイムは東の空を見上げた。
○ ○ ○
「やあ、よく来てくれたね。エイブス」
「……お呼びとあれば、いつでも参りますよ。ランス殿下」
領主の屋敷に呼び出されて、商業ギルドのギルドマスター……エイブスが脂汗を掻いた。
(な、何故、私が呼びだされたのだ……もしかして、裏切りがバレたのか……?)
エイブスはランスからアーサーに寝返ることを決断しており、『湖の乙女』に情報を流していた。
中立派貴族であるアトラウス伯爵がランスについたこと、彼らがいずれやってくる決戦に馳せ参じるべく、峠を通ってやってくることを漏らしている。
明らかな裏切り。明白な背信行為。もしも露見したのであれば、首を斬られるであろう行為だった。
(い、いや……問題ない。ランス殿下に変わった様子はないからな。私が裏切り者だと気がついているわけがない……!)
領主邸の応接間にエイブスを呼び出したランスは朗らかな笑みを浮かべており、メイドが運んできた紅茶に口をつけている。
もしもエイブスが裏切っていると気がついていたら、こんな平然と接することなど不可能だろう。
(私は素知らぬ顔をすれば良いのだ……大丈夫だ。問題はない……)
「それで……用件を窺っても構わないでしょうか?」
「いや、実はね。決戦のために他国から武器を仕入れられることになったんだ。魔法がかけられたかなり強力な武器さ」
「ほほお! それは素晴らしい!」
エイブスが華やいだ声を上げながら、内心で舌打ちをした。
強い武器が手に入ったのであれば、ランス陣営が優位になってしまう。
寝返りを決めたばかりのエイブスとしては面白い展開ではない。
(まあ、良い。この情報もアーサー殿下に流すとしよう。これは私の利になる……)
「だけど……その武器はとても高価でね。お金がかかるんだよねえ」
ランスが溜息を吐きながら首を横に振る。
「ただでさえ、傭兵を雇ったり兵糧を調達したりで入用だからさ。どこからか金を集められないかと思ってね」
「ああ、なるほど……融資をお望みですか」
つまり……金を貸して欲しいという無心のために呼び出されたわけだ。
エイブスがもう一度、気づかれないように舌打ちをする。
商人にとって金は命。魂だ。ランスが負けてしまえば破産と同じ、融資した金は返ってこない。
返済の保証のない金を貸すだなんて、商人として許されざることだった。
「いや、違うよ? 僕はお金を貸してくれだなんて言っていない」
「ハア? そうなのですか?」
予想が違っていた。
話の流れからして、そういうことかと思ったのだが。
だったら何の用だと怪訝な顔をするエイブスであったが……直後、ランスの言葉に愕然とさせられる。
「僕は金を貸してくれなんて言っていない……金をくれと言っているんだ」
「は……?」
「タダで、無利子で、返済無しで……君が経営している商会が蓄えている金を全額寄付してもらいたい。この町の未来のためにね?」
「はえ……?」
ランスの図々し過ぎる発言を受けて、エイブスは魚のように口をパクパクとさせて言葉を失ったのであった。




