169.ガランク山決戦ー生
「オオオオオオオオオオオッ!」
【蚩尤】を発動させたカイムが腕を振るい、足を振るい、嵐のような攻撃を目の前の敵に浴びせかけた。
全身にある八つのチャクラが開き、火山が噴火するように魔力が溢れ出る。
膨大な魔力がカイムの身体を包み込んで、無尽蔵の力が溢れだしてきた。
爆発するような力を惜しげもなく投じて、目の前の相手をひたすらに攻めて、攻めて、攻め続ける。
「ヌウウウウウウウウウウッ!」
一方で、ディードもまた四肢を武器にして応戦する。
大砲のような攻撃がディードの身体に何発も撃ち込まれるものの、常人離れした生命力が死ぬことを許さない。
手に持っていたスコップはいつの間にか無くなっている。カイムの攻撃に耐えきれずに吹き飛んでしまったのか、それとも粉々に砕けてしまったのか。
骨が折れ、筋肉が裂ける音がする。弾けた血管から真っ赤な血液が噴き出すが……それでも、ディードは戦い続ける。
(何なのだ……この感覚は……!)
かつてないダメージを負いながら、不思議とディードは自らが高揚しているのを感じていた。
不死身に近い肉体を持ったディードは、これまでまともな痛みを感じたことはない。
住んでいた村の住人に刺されたときも痛くなかった。殺し屋として幾度となく戦いに身を投じながらも、一度として死を感じたことはない。
(だが……何だ、この男は! 強い、あまりにも強い!)
これまで戦ってきた数多の敵を凌駕する強敵。
生まれて初めて、背後に立つ死神の気配を感じられる。
「ハアッ!」
「ぬぐうっ……!」
カイムのハイキックがディードの顔面に命中する。
鼻が折れ、首からもグキャリと不吉な音が鳴った。
「ぬぐ、お……!」
(痛い、苦しい、怖い……そうか、これが生きているということか!)
墓穴から生まれたディードは生きた人間でありながら、自分はすでに死んでいるのではないかと思っていた。
肉体はある。心臓は動いている。体温だってある……それでも、何があっても倒れることのない自分は、最初から死人なのだと考えていた。
(だが……違った! 我は生きている。生きているぞ!)
かつてなく死が近くにあるのを感じて、逆にディードは自分が生きた人間なのだと確信する。
たとえアンデッドの母親から生まれたとしても……ディードは人間だ。ただ丈夫なだけの人間だ。
とめどなく湧き上がる痛みに襲われながら、ディードは歓喜の涙を流して笑った。
「ハハハハハハハ、フハハハハハハハハハハッ!」
「殴られながら笑うなよ……気持ち悪いぞ」
ボコボコにされながら笑っているディードに、カイムが気味悪そうに顔を歪める。
そうしながらも、戦いの手は緩めない。
腹を殴り、股間を蹴り上げ、髪を掴んで何発も拳を顔に叩き込む。
もう何発打たれたかわからない……だんだんと身体が鈍ってきて、意識が徐々に遠ざかってくる。
「我は生きている。そうだ、生きているのだ!」
「知ってるよ。さっさと死ね!」
「グオオオオオオオオオオオオオオッ!」
不快そうな顔のまま、カイムはさらに殴って殴って殴って殴る。
サンドバックのようにひたすらディードを殴り続けると……やがて、フラフラと足下が覚束なくなってきた。
最初こそどうにか均衡していたが、後半は一方的にやられる一方になっていた。
「いい加減、底が見えてきたな」
カイムが告げる。
いかにディードが丈夫であったとしても、そろそろ限界がやってきたようだ。
命の炎が尽きかけているのは明白である。
「ああ……もう、終わりのようだな。そうであろう……」
「そうだな。終わりだな」
「楽しかったぞ……母の胎より産まれ落ちて初めて、生を感じさせられた……ああ、そうだ。私は生きていたのだ」
「何を言っているのかは知らないが……気が済んだのなら殺すぞ」
歓喜するディードに、カイムは容赦しない。
鋭い蹴撃がディードの胸に突き刺さり、激しい衝撃によって心臓の動きが止まる。
「ガッ……」
生の自覚から一転。
今度は色濃い死に包まれながら、ディードは岩山を転がり落ちていったのである。




