168.ガランク山決戦ー頂
ディードが岩山の頂上付近に到達して、カイムと激しい戦いを繰り広げていた。
だが……頂上に登ってきたのはディードだけではない。他にもわずかではあるが、到達者はいる。
頂上にいるミリーシアを守るため、ティーとレンカが襲いかかる殺し屋を迎撃していた。
「キエエエエエエエエエエエイッ!」
「ハアアアアアアアアアアアアッ!」
投げつけられたロープが生き物のようにのたうち、襲いかかってくる。
レンカが投げつけられたロープの一本を回避しつつ、避けきれなかったもう一本を剣で叩き落とす。
レンカが戦っているのは、『首吊り王』と名乗っていた殺し屋である。
両手に結びつけられた二本のロープを操る殺し屋で……奇抜な戦い方とは裏腹に、かなりの腕前。
生き物のように動き回る左右のロープを前にして、レンカは苦戦を強いられていた。
「ハア、ハア……強い……!」
「そろそろ諦めなサーイ! その綺麗な首を絞め殺してあげマース!」
不快な声を上げながら、『首吊り王』が両手に持ったロープをクルクルと回す。
「諦めろだと? 姫様の盾である私が戦いを投げ出せるものか!」
敵は強敵だ。
しかし、レンカは退くことなく果敢に立ち向かう。
「ヤアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ぬわあっ!? 何ですッテエエエエエエエエエエエッ!?」
レンカが魔力を足から一気に噴出させ、相手との距離を一瞬で詰めた。
一定の距離を取っての戦いであれば手こずる相手だが、懐に入ってしまえばレンカが有利である。
予想外のスピードに『首吊り王』の回避が遅れる。
鋭い切っ先がその胸を深々と斬り裂いて、抉った。
「カハッ……見事デース……」
『首吊り王』が倒れる。
腕のロープがピクリと跳ねるが……それがレンカに襲いかかってくることは二度となかった。
「ハア、ハア……勝ったか……」
「レンカさん、終わりましたの?」
「ティーか……そっちはどうだった?」
「問題ありませんわ。全員、ぶっ殺ですの」
ティーが三節棍を片手に胸を張る。
ティーもまた別の敵と戦っていたのだが、問題なく対処することができたようだ。
これで頂上にやってきた敵は一通り、倒すことができた。
例外は……カイムと戦っているディードだけである。
「カイム様が勝利することを信じますの。助太刀はしませんわ」
「ああ、カイム殿だったら確実に勝利を収めるはずだ。私達は自分の役割を果たすとしよう」
「信頼しているのだな、あの小僧のことを」
「当然……」
自然に駆けられた声に普通に応えそうになり、ティーとレンカはギクリと背筋を震わせる。
慌てて周囲を見回すが、周りに声の主はいない。
「レンカ、ティーさん! 上です!」
「クウッ!」
山頂にいたミリーシアが叫び、傍らのリコスも吠える。
二人がその声に釣られて頭上を見上げると……天に立っている人影が一つ。
「誰ですの……!?」
「アレは……『不死蝶』か!?」
天空に立っていたのはゴシックロリータのドレスを身に纏った幼女である。
赤と黒の二色の髪をツインテールにしており、翼もないのに空に立ってティー達を見下ろしていた。
ロズベットから聞いていた要注意人物の一人に、その特徴を持った人間がいた……『不死蝶』と呼ばれている殺し屋業界で最古参の人物である。
「ミリーシアさんを守りますの!」
「クッ……姫様!」
頭上を取られてしまった。
ティーとレンカがミリーシアの傍に戻ろうとする。
「暴れるでないわ。小娘共」
「ガウッ!?」
「なあっ!?」
だが……『不死蝶』がスッと手を振ると、二人の身体に黒い影が纏わりつく。
黒い影の正体は無数の蝶だった。
黒色に赤地の模様がある蝶が数十、数百匹も飛んできて、二人の身動きを封じてくる。
「それで良し。そのまま大人しくしておれ」
「しまっ……!」
レンカが慌てて手を伸ばすが……その手は届かない。
『不死蝶』が再び手を振ると、数百匹の黒蝶がミリーシアめがけて殺到する。
パリンとガラスが割れるような音が鳴って、ミリーシアが事前に張っておいた守りの結界があっさりと破壊された。
「あ……」
か細い声を漏らすが……戦う力を持たないミリーシアには、逃げることも迎え撃つこともできなかった。
無数の黒蝶に呑み込まれて、彼女の姿が見えなくなってしまった。




