164.ガランク山決戦ー転
ガランク山のあちこちから悲鳴と絶叫が聞こえてくる。
魔物に襲われている者もいれば、殺し屋同士で戦っている者達もいるようだ。
「効果覿面……上手くいったようだな」
山の頂上から下を見下ろし、カイムが皮肉そうに唇を吊り上げる。
カイム達だって、無策で山を登ったわけではない。
魔物を殺し屋に嗾け、あわよくば同士討ちを誘発させて、敵の数を減らすつもりだったのだ。
カイムはあらかじめ、この岩山にいる魔物達に毒を撃ち込んでおいた。
それはいわゆる『興奮剤』であり、魔物を凶暴化させる効力のある毒だった。
毒を撃たれた魔物は狙い通りにやってきた殺し屋を襲い、数を減らしてくれている。
おまけに、倒された魔物の血液を浴びた殺し屋もまた毒に冒されて興奮状態となり、他の殺し屋に襲いかかっていた。
「百点満点。見事じゃない」
「行くのか?」
「ええ、ほどよく数も減ったからね」
ロズベットがナイフを手にして、頂上から下りようとしている。
いくら魔物と同士討ちで数を減らしているとはいえ、流石に全滅はしていないだろう。
ダメ押しでロズベットを投入して、残っている殺し屋を狩ってもらうのだ。
「薬の影響かしらね……私も興奮してきちゃったわ。首を刈りたくなったから、もう行くわね」
「ロズベットさん……どうか、お気をつけて……」
ミリーシアが祈るように言うと、ロズベットが振り返ることなくナイフを持った手を掲げた。
そして、斜面を滑るようにして頂上から駆け下りていく。
「それにしても……流石は姫様ですね。このような策を思いつくとは脱帽です」
レンカがミリーシアを称賛する。
この恐るべき策略を講じたのは、意外なことにミリーシアだった。
人間を発情させることができるのならば、魔物を興奮させて凶暴化させる毒も作れるのではないか。それを使って、魔物に殺し屋を襲わせてはどうか。
普段は大人しいミリーシアの頭からこんな悪魔のような作戦が出てきたかと思うと、カイムとしては空恐ろしい気分である。
「卑劣なことをしたとわかっています……ですが、すでに手段を選べる状況ではないと判断しました」
ミリーシアが山の頂上から麓を見下ろし、目を吊り上げさせて言う。
「このまま、犯罪者である殺し屋達を放置しては国の治安が乱れます。早々に片付けるためにどんな方法でも使うべきです」
清濁併せ吞んだ考え方から、ミリーシアが為政者としての才覚を持ち合わせていることが窺える。
ただ優しいだけでは為政者は務まらない。必要に応じて、自らの手を汚す覚悟が無くてはいけないのだ。
「やっぱり、お前は王様向きだよ……俺が保証してやる」
ただの優しいお姫様ではない。ただの甘っちょろいシスターでもない。
ミリーシアは間違いなく、ガーネット皇族の血を引いている。人の上に立つべき人間であった。
「さて……それじゃあ、俺もそろそろ行こうかな」
「がう、カイム様も行くですの?」
「ああ……上客がお越しになったみたいだからな」
ティーの問いに、カイムが下を指で示した。
そこには、数十メートル下を登ってくる男の姿。
第一登者のお出ましである。
大柄で色黒。頭にターバンを巻いた男が肩に大きなスコップを担いで、山頂に向けて歩いてきた。
「外見の特徴からして……あの男が『墓穴掘りのディード』か」
凄腕の殺し屋として、ロズベットが要注意人物の一人に挙げていた人物である。
ディードが顔を上げて、山頂にいるカイムとの間で視線が交わった。
「…………」
「なるほどな……」
視線を交わしただけで理解できる。
強い……他の有象無象のように魔物にやられることなく、ここまで到達しただけのことはあった。
「カイム様、頑張ってくださいですの!」
「カイムさん、気をつけて……!」
「当然だ。勝ってくるからそっちも気をつけろよ」
ミリーシアの護衛をティーとレンカ、ついでにリコスに任せて……カイムは迫りくる『墓穴掘りのディード』に向かって躍りかかる。
ガランク山の決戦。
いよいよ、頂上決戦の始まりである。




