161.ガランク山決戦ー序
ガーネット帝国南東にあるガランク山は、木々がほとんど生えていない岩山だった。
鉱石が採掘されるわけでもなく、薬草などが採取されるわけでもなく、おまけにロックリザードやストーンエイプといった特殊な魔物が棲みついている。
その山に足を踏み入れる者はほとんどいない。せいぜい、変わり者の武道家が修行に登るくらいだろう。
そんな山の頂上にカイム達はいた。
岩山の天辺にまるで挑発するかのように旗を立てて、刺客を待ちかまえている。
「それにしても……本当に来るのかね。こんなあからさまな呼び出しに」
頂上から見下ろして、カイムが言う。
その周りにはティーとミリーシア、レンカ、ロズベット、リコスの姿もあった。
「わざわざ皇女の名前を使って殺しに来いとか、罠ですよと言っているようなものだろう?」
「たぶん……大丈夫だと思います」
ミリーシアが答える。
ギルドでは皇女だとわかるようにドレスを着ていたが……山ということもあって、乗馬服に似たパンツルックに着替えていた。
「ロズベットさんの話を聞いて思ったんですけど……私の命を狙っている殺し屋にとっての最大の敵は、カイムさんやレンカのような護衛ではないんですよ」
「じゃあ、誰なんだ?」
「同業者。つまり、同じ殺し屋です」
ミリーシアがきっぱりと断言した。
「本来の殺し屋は標的を横取りすることが禁じられていて、だけど、私達の暗殺については早い者勝ちになっているんですよね?」
「ええ、そうよ」
ミリーシアが確認すると、ロズベットが首肯した。
「最初に依頼を受けた私が失敗した時点で、誰が殺しても報酬を受け取れることになっているわ。それが殺し屋コミュニティの掟だから」
「つまり……殺し屋の方々がもっとも避けたいのは、他の殺し屋に先を越されてしまうことのはずです」
ミリーシアが説明を続ける。
「殺し屋の方々にとって、同業者は味方ではなくライバルです。出し抜かれることを警戒しているはず。私があからさまに姿を見せれば、他の殺し屋よりも先に自分が仕留めようと積極的に前に出てくるはず」
殺しの標的であるミリーシアが姿を隠しているのなら、殺し屋は散り散りになって探し回る。
しかし、姿を露出させてしまえば話は別。ゴールが見えているのなら、誰が最初に到着するかという競争になるはず。
「もちろん、罠であることを警戒はするでしょう。ですが……他の殺し屋が先に私を殺してしまうのではないかと、警戒しながらも飛び込んできてくれるのではないでしょうか?」
「まあ、理屈はわかるな……」
「でも……そんなに上手くいきますの?」
カイムが渋面になり、ティーも懐疑的である。
実際、賭けの部分が大きい。
殺し屋が警戒して敬遠を選んでいれば、山登りが徒労に終わる可能性があった。
「私はわりと的確だと思うわよ」
そんな中で、ロズベットがミリーシアの作戦を支持した。
「早い者勝ちだからというのもそうだけど……殺し屋って、わりとプライドが高いのよね。自分の技にこだわりが強い職人気質の人間が多い。今回のような難易度の高い依頼に乗ってくる連中は特にそうね」
ロズベットがナイフを取り出した。
クルクルと回転させながら宙に投げて、切っ先を指でつまんで受け止める。
「腕に絶対の自信を持っている殺し屋にとって、今回の挑戦はさぞや屈辱でしょうね。ターゲットが堂々と居場所をさらして、『殺れるものなら殺ってみろ』と手袋を投げてきたんだから。ここで尻をまくって逃げるようなら、最初から皇族殺しの依頼になんて参加していないわ」
「つまり、乗ってくるわけか。殺し屋ってのも難儀な連中なんだな」
「人の命で商売をしているんだから、真っ当じゃいられないわよ。当然ね」
ロズベットが嘯くようにいって、肩をすくめた。
敵が自らやってきてくれるというのなら、カイムとしては望むところである。
喜んで迎え撃ってやろうではないか。
「くうっ!」
「みんな、来たぞ……!」
リコスが唸って、続けてレンカも声を上げる。
「殺し屋のおでましか……!」
眼下に目を向けると……岩山を登ってくる人影がちらほらと現れた。
ロズベットの襲撃から始まった殺し屋達との戦いも、いよいよ決戦である。




