159.『逃げ』から『受け』へ
とある町の中心部。
そこにある冒険者ギルドでは、先日の事件についての対処に追われていた。
「町がスケルトンに制圧されただって!?」
「違う、スケルトンじゃなくて指名手配中の殺し屋だ!」
「町が炎に包まれたという話は本当か!?」
「ああ、クソ! あそこには弟夫婦が住んでるのに!」
「確認のために冒険者を送れ! 生き残りを捜すんだ!」
近隣にある町の一つに生じた異変を聞いて、ギルドでは天井と床をひっくり返したような大騒ぎ。
ギルドの職員も冒険者も走り回っており、対処に追われていた。
「失礼いたします」
そんなギルドの中に、一人の女性が入ってきた。
水色のドレスを身に纏った女性である。金色の髪を背中に流し、青い瞳を真っ直ぐ前に向けて、騒がしいギルドの中を歩いてくる。
女性の背後には、護衛らしき女騎士と冒険者風の青年の姿もあった。
「あ……」
まるで百合の花のように可憐な所作で歩いてくる女性に、右往左往していたギルド職員が思わず足を止める。
圧倒的な忙しさの中にあってなお無視できないような存在感が、彼女にはあったのだ。
(貴族の女性よね……どう考えても。領主様の娘さんとは違う方みたいだけど……?)
「受付の方、よろしいでしょうか?」
「へ? あ、はい! 何のご用でしょうか!?」
声を掛けられて、受付にいた職員が慌ててカウンターに駆け寄る。
「あの……すみません。ギルドはただいま立て込んでおりまして、依頼をお受けできる状況では……」
「私はこういう者です」
申し訳なさそうに口を開く受付嬢であったが、女性が有無を言わせずに何かを差し出してきた。
受付嬢は怪訝そうにそれを手にとって、すぐに両目を限界まで見開いた。
「こ、これって……」
金色の時計だ。そこにはガーネット帝国の紋章が刻まれている。
帝国の紋章を付けた金時計を持ち歩くことが許されるのは、皇帝の血を引いた人間だけ。
「ガーネット帝国第一皇女ミリーシア・ガーネットです」
「こ、皇女様あっ!?」
女性の……ミリーシアの名乗りを受けて、受付嬢が思わず声を上げた。
手にした金時計を落としそうになり、慌てて空中で受け止める。
受付嬢の異変に気がついて、それまで忙しくしていた他のギルド職員もカウンターに目を向けてきた。
「本日は皇族の名の下に、お願いしたいことがあって参りました」
「こ、皇族の……いったい、何でしょうか……?」
いまだに驚きが消えていない様子の受付嬢に、ミリーシアは胸を張って告げる。
「これから私が言うことをこの町に……いえ、近隣の町や村の全てに伝えてください」
「は、はい……?」
「私は南東にあるガランク山の頂上にいます。逃げも隠れもいたしません……この命を取れるものなら取ってみなさい!」
「…………!?」
唖然とした様子の受付嬢。
その言葉はもちろん、彼女に向けられたものではない。
自分の命を狙う人間……依頼を受けた殺し屋達に向けられたものだった。
これがミリーシアが思いついたという、殺し屋を一網打尽にするための作戦である。
自分を囮にして、正面から堂々と敵を迎え撃つ。
これまでの『逃げ』とは真逆の戦略。あまりにも愚直で攻撃的な『受け』の構えであった。




