158.涙の夜
その日の夜。
カイムと仲間達は街道脇の目立たない場所にテントを張って、野営をしていた。
野営の準備中、それに食事の間も、一行に会話はほとんどなかった。
昼間の出来事を引きずっており、特にミリーシアの表情は暗い。
侘しい食事を摂ったら早々にテントに入り、順番に見張りを立てて就寝することになった。
「カイムさん……」
「どうした、ミリーシア」
カイムの見張り中、テントからミリーシアが顔を出した。
カイムは焚き火に折った木の枝を放り込みながら、ミリーシアを一瞥する。
「しっかり寝ておかないと身体が保たないぞ。明日も朝は早いんだろ?」
「ちょっと、眠れなかったもので……」
「……昼間のことか。気にしても仕方がないと思うけどな」
カイムが鼻を鳴らして、嘆息する。
「町を襲ったのは殺し屋。爆発して滅ぼしたのも殺し屋。俺達はできるだけ無関係な人間を巻き込まないように、村や町に寄らずに行動していた。どうやったって、今回の件は避けようがなかった」
「はい……それはわかっています。あの老人が私を殺すためにあそこまでやることなど、予測は不可能。あの町の被害は私の力では食い止められませんでした」
「だったら……」
「それでも、私の国の出来事です。ましてや、あの町は私を殺すためだけに滅ぼされてしまった。責任を放棄するわけにはまいりません」
「律儀な……いや、いっそ難儀な奴だな。お前は」
そんな責任、捨ててしまえば良い。
カイムはそう思ったが……口にすることはしなかった。
(俺とミリーシアは違う。コイツは俺と違って、故郷を愛している)
カイムはかつて故郷を捨てて、親を倒して旅に出た。
あの場所に悪感情はあっても、執着など欠片もなかった。
祖国であるガーネット帝国を愛し、民を守ろうとしているミリーシアの気持ちはおそらく理解できない。
「そちらに行っても良いですか?」
「……入りな」
カイムが肩に掛けていた毛布を広げた。
ミリーシアが傍らに座って、毛布の中に入ってくる。
「…………」
「…………」
二人の間にしばしの沈黙が降りる。
焚き火が薪を燃やすパチパチという音だけが響く。
「カイムさん……私は……」
「泣きたいのか?」
「え……?」
「そうだとしたら、悪いな。俺には気の利いた慰めの言葉は出てこない」
カイムが眉間にシワを寄せて、気まずそうに言う。
「俺にできることといえば敵を叩き潰すことくらいだな。慰めてはやれないが、代わりにお前を泣かせた奴は殺してやる。だから、まあ……アレだ。安心しておけ」
「……何を安心すれば良いんですか?」
殺伐としたセリフにミリーシアは失笑する。
本当に気の利いた慰め文句は言えないらしい。
カイムの言葉はどこまでもカイムらしく、だからこそ、ミリーシアにとっては逆に安心するものだった。
「そうですね……私にはカイムさんがいましたね。心配することなんてありませんでした」
ミリーシアは先ほどよりもいくらか重荷を下ろしたような顔になった。
「実は……私を狙っている殺し屋を一網打尽にするための作戦を思いついたんです」
「ん? そんな方法があるのか?」
「はい。成功するかはわかりませんし、またカイムさん達には負担をかけてしまいますけど……」
「まあ、今更の話だよな」
ミリーシア絡みで危険に巻き込まれているのは、これまでと変わらない。
迷惑を掛けられている以上の物は受け取っている。少なくとも、カイムはそう考えていた。
「それから、カイムさん。一つ間違っていますよ?」
「ん?」
「女性を慰める方法は言葉だけではありません……知っていますよね?」
「……ああ、そういう話か」
ミリーシアが瞳を閉じて、顔を寄せてくる。
その意味がわからないほど、カイムは朴念仁ではなかった。
「んんっ……」
カイムはミリーシアの唇に自分の唇を重ねて、やがて、激しく舌を交わらせたのであった。




