153.白い鉄槌
「若造があ、いつまでそうやって逃げているつもりだ!?」
空中を飛行しているカイムとミリーシアに向けて、巨人スケルトンで武装した『骨喰い将軍』が怒鳴る。
「大人しく、儂に骨をしゃぶらせよ! 従僕として我が列に並ぶのじゃあっ!」
「御免だね。ジジイ」
「ヌウッ!?」
吐き捨てるように言って、カイムが空中で動きを止めた。
巨人スケルトンの前方で空中を足場にして立ち、『骨喰い将軍』に向けて挑発するように指を立てる。
「死体愛好家の老人の介護なんて誰がしてやるものかよ。人形遊びがしたいのだったら、殺してやるから墓場の中でやりな」
「生意気な餓鬼が……こちらが下手に出ていれば、調子に乗るなよお!」
いったい、いつこの老人が下手に出たというのだろう。
『骨喰い将軍』が巨人スケルトンを操って、両手の掌をカイム達に叩きつけようとする。
まるで目の前の蚊を叩き潰すかのように……左右の手がバチンと閉じられた。
「【鳳凰】」
しかし、すでにそこにカイム達はいない。
足底から魔力を高速噴射させて、巨人スケルトンの懐に飛び込んでいた。
「ヌウッ……!」
呻く『骨喰い将軍』であったが……恐怖や危機感はない。
死霊術によって圧縮された骨の装甲は、絶対に破れないという確信があった。
表面はミスリルによってコーティングされているため、魔法による攻撃も効かない。
そのはずだったのだ。
「やるぞ、ミリーシア」
「はい……【聖なる円環】!」
だが……何を思ったのだろう。カイムにしがみついたミリーシアが神聖術を発動させた。
それが『骨喰い将軍』には通用しないことは、先ほども体験しているというのに。
「浄化の力……最大出力です!」
「ム……」
おまけに……ミリーシアは本来であれば自分を中心に円として広げるはずの浄化の力を、自分と密着しているカイムの身体に注いだ。
白い光が大量にカイムの体内に吸い込まれ……まるで消化の出来ない物を大量に呑み込んだような異物感が襲う。
「やはり治癒魔法とは違うな……思ったよりも、気色悪い」
「き、気色悪いって何ですか!? カイムさんがやれって言ったんですよっ!」
「ああ、知っているとも……気色悪いが、やってやれそうだ!」
心外だとばかりに叫ぶミリーシアに答えて、カイムが吼える。
「闘鬼神流・基本の型――【応龍】!」
巨人スケルトンの胸骨に掌底をブチ当てて、同時に大量の魔力を流し込んだ。
「ヌグオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
途端、巨人スケルトンの胸部が内側から弾けた。
胸骨が粉々になり、連結されていた肋骨がへし折れ、衝撃によって巨人スケルトンが仰向けになって倒れる。
「な、何故じゃあ! どうして儂の【巨骸操魂】がこの程度の攻撃で崩れるうううううううううううっ!?」
破壊された巨人スケルトンの胸部から、『骨喰い将軍』が這い出してきた。
まるで巣穴から抜け出して逃げようとする小虫である。
「あり得ぬ……あり得ぬぞお……【巨骸操魂】は常勝不敗の奥義。敗北なんてあって良いわけがないのじゃあ……!」
「遺言がそれとは、つまらない人生だったな」
「ヒイッ!?」
ゾッとするような冷たい声が老人にかけられる。
カイムが『骨喰い将軍』のすぐ上の空中に立っていた。
「神聖術を巻き込んでの【応龍】。練習無しの出たところ勝負だったが、上手くいったみたいだな」
カイムがやったのは、魔法の研究者が『重複魔法』と呼んでいるもの。複数の人間が魔力を重ね合わせて、一つの魔法として撃ち放つという技術である。
ミリーシアがカイムの体内に神聖術による浄化の力を流し込み、カイムはそれを自分の魔力もろとも放出する。
【応龍】は敵の体内に魔力の衝撃波を撃ち込む技。ミスリルのコーティングを突き抜けて、浄化の魔力が巨人スケルトンの体内で爆裂。胸部を破壊したのだ。
「もっとミスリルの装甲がぶ厚ければ、防ぐこともできたかもしれないな……それはともかく、嬲るつもりの女に返り討ちに遭う気持ちはどうだ?」
カイムはわかりやすい嘲笑を浮かべて、老人を見下ろす。
「さぞや痛快な気持ちだろう? お前を倒したのはミリーシアの魔力だ。お前が女を嬲るのが大好きなエロジジイだってことはロズベットから聞いているぜ? 愉しく遊ぶつもりのターゲットに反撃されて、どんな気分なのか教えてくれよ?」
「グヌウッ……お、おのれ! 儂はまだ負けておらぬわ!」
『骨喰い将軍』が半壊した巨人スケルトンを操って、カイムを攻撃しようとする。
「【麒麟】」
「ガッ……」
だが……遅い。
カイムが放った圧縮魔力が『骨喰い将軍』の胸を貫通する。
「う、ぐ……おの、れ……」
「やはり、死なないか。もう人間じゃないようだな」
「カイムさん、ここは私が」
胸に穴を開けながらも死ぬことのない老人を見て、ミリーシアが手をかざす。
先ほどの攻撃で魔力を大きく消耗してしまったが……あと一匹くらいなら、アンデッドを消し去る余力がある。
「や、め……」
「【聖なる円環】」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ……!」
ミリーシアが神聖術を発動させた。
枯れ木のような老人……『骨喰い将軍』と恐れられた老獪な殺し屋が、白い浄化の光に包まれて塵となって消えていった。




