140.晴天からの暗雲
町に寄ることなく、サバイバル生活をしながら東に向かうことにしたカイム達であったが……その道程は意外なほど、順調だった。
途中で殺し屋に襲われることもなく、食料調達の際に魔物に襲われることはあっても、撃退することができていた。
問題があるとすれば……ここにきて狩猟で卓越した技量を見せるリコスに、レンカが落ち込んでいたこと。
そして……一応は回収してきた大蛇の肉をうっかり食べてしまったミリーシアが、自分が蛇を喰ったのだと気づいて悶絶してしまったことくらいである。
「順調だな。怖いくらいに」
旅の途中。馬車を街道のわきに停めて、カイム達は小休憩を取っていた。
カイム達が手にしているのは木製のカップ。採取したハーブを使って作った茶が入っている。
少し離れた場所では、馬車を引いている馬が水を飲み、草を食んでいた。
天高く馬肥える秋とでもいうべきだろうか……頭上では青い空を白い雲が泳いでいる。
「もしかして……このまま、何事もなくランスのところに到着するんじゃないか?」
「あら、油断とはらしくないわねえ。もしかして……殺し屋を舐めているのかしら?」
ハーブティーに口を付けているカイムに、ロズベットが揶揄うように言ってくる。
「油断している時に襲ってくるのが殺し屋というものよ? もしかすると……この瞬間にも、貴方の頭を狙っているかもしれないわね」
「恐ろしいことを言うなよ。変な旗が立ったらどうするんだ?」
念のため、周囲を確認する。
周りに人が隠れるような場所はなく、狙われている様子はなかった。
「順調なのは良いことですの。道のりもあと半分くらいですわ」
馬に水をやっていたティーがやってきて、カイムの隣に座ってくる。
「あと一週間くらいで目的の町につきますわ。たしか、ベーウィックというのですよね?」
「はい、ベーウィックです」
反対隣に座っているミリーシアがティーの問いに答える。
「私も一度だけ行ったことがあるんですが……ベーウィックの町は東にある港町で、帝国でも有数の貿易港なんですよ」
「ええ……海は見たことがないな。大きいって聞いたけど、そんなにデカいのか?」
帝国にやってくる際にも船に乗って大河を渡ってきたが、海は見たことがない。
川や湖よりも大きいというのはわかっているが……そんなに、大きい物なのだろうか?
「海は大きいぞ。カイム殿が思っているよりも、とてもとても大きい」
「何というか……田舎者みたいなセリフね。世間が狭すぎるでしょうに」
ロズベットとレンカが苦笑しながら言う。
馬鹿にするような口ぶりに、カイムが憮然となった。
「何だよ、海を見ていることがそんなに偉いのか?」
「そういうわけではないが……海を見たことがないのなら、きっと感動するぞ」
「ええ、私も初めて見た時はビックリしたわよ。知っているかしら……海の水ってしょっぱいのよ?」
「それくらい知っている! まったく……馬鹿にしやがって!」
カイムが苛立ちながら、コップのハーブティーを一気飲みした。
「さて……それじゃあ、そろそろ出発しようぜ。そこまで言う海を拝んでやろうじゃないか」
「はい、行きましょう」
ミリーシアが立ち上がって、馬車に向かって歩いていく。
しかし……カイムがすぐにその手を掴んで、自分の後ろに下がらせる。
「キャッ……!」
「下がれ!」
カイムはミリーシアを庇って、街道の方を睨みつける。
すると……街道の進行方向上、丘の向こう側から一人の男性が駆けてきた。
「……誰だ?」
丘の向こうから現れた男性は軽装をしており、着の身着のままで荷物などは持っていない。
見たところ……旅人ではない。行商人でもない。
まるで、町や村の住民がそのまま町を出てきたようである。
「敵……かどうかはわからないわね。殺気はないけれど……」
ロズベットがナイフに手をかけて、怪訝そうに言う。
こちらに向かって駆けてくる男性は特におかしなところはない、普通の男性である。
町中であったのならば、気に留めることもなかっただろう。
だが……普通の男が丸腰で街道にいるのが異常なのだ。盗賊や魔物の対策も無しに外を出歩くなど、自殺行為である。
「金髪……女……」
「ん?」
「女……連れていく! 金髪の女、連れていく……!」
距離が近づくにつれて、男が何かを口にしているのがわかった。
カイムの鋭敏な聴覚が聞き取った単語は……『金髪』と『女』の二つである。
一行が怪訝そうな目を向けていると、男の方もこちらに気がついた。
「金髪の……女あ! いたあ、あそこにいるぞお!」
男が叫んで、後ろに向かって手を振った。
すると……丘の向こうには他にも人間がいたらしい。ゾロゾロと男ばかりが現れる。
「金髪の女があそこにいるぞ! 捕まえろお!」
「「「「「おおおおおおおおおお……!」」」」」
「なっ……!」
町民風の格好をした男達が十数人ほど現れて、カイム達めがけて殺到してくる。
武器も持たない、丸腰の男達を前にして……カイムはわけもわからないままに臨戦態勢を取った。




