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139.邪悪は蠢き骨が鳴る

「ウウム……見つからぬではないか! どうなっておる!」


 街道から少し離れた場所に奇妙な建物があった。

 白い大理石の建物だ。二階建ての建物はしっかりとした作りをしており、小さくはあるが貴族の屋敷のように見えなくもない。

 しかし……もしも近くの街道を利用する旅人や行商人がその屋敷を見れば、きっと眉をひそめることだろう。

 何故なら……この場所にそんな屋敷はなかったはず。

 その屋敷は何もなかった平地に一晩で生じたのだから。


「まったく……偉大なるワシに生み出された骨である貴様らの何という無能なことか! さっさと、皇女ミリーシアをワシの前に連れてこぬか!」


『カタカタカタカタカタカタッ……』


 屋敷の中には一人の老人がいる。

 白い椅子に座っており、ダンダンと床を踏みしめながら怒鳴っていた。

 老人が声を張り上げるたびに唾が撒き散らされ、壁と同じく白い床に落ちている。


『カタカタカタカタカタカタッ』


 そんな老人の怒声をぶつけられているのは人間ではなかった。

 そこにいたのは剥き出しの骸骨である。

 肉も皮もない異形の人間がカタカタと骨を鳴らしながら、老人を宥めていた。


 老人は裏社会において、『骨喰い将軍』などと呼ばれている殺し屋だった。

 玉座のような椅子に腰かけた『骨喰い将軍』であったが……その周囲には人型の骸骨、スケルトンと呼ばれているアンデッドが従者として控えていた。

 スケルトンは『骨喰い将軍』を扇で扇ぎ、フルーツを盛った皿を差し出して……まるで王に仕える従者のようである。


『カタカタカタ、カタカタカタカタカタ……』


「何じゃと? 皇女ミリーシアは神聖術で結界を張っていて近づけぬとな? 誰が言い訳を口にせよと言った。恥を知れ無能めが!」


 スケルトンの口から発せられた言葉(?)を受けて、『骨喰い将軍』がフルーツの一つを掴んで投げつける。

 頭蓋骨にぶつけられた果実が弾けて、ビチャリと床を汚す。


「ワシは皇女ミリーシアを連れてくるようにと命じた。貴様ら木偶人形に拒否する権利はない。お前達は命じられたとおりに行動すれば良いのじゃ!」


「カタカタカタ……」


 無茶を言う主に、スケルトンが困った様子で肩を落とした。

 表情が無くても落ち込んでいるとわかるが……『骨喰い将軍』はそんな部下の様子を意にも介さず、別のフルーツを掴んでクチャクチャと齧る。


「ああ……さっさとあの娘が殺したい。未来ある娘の肉をしゃぶりつくし、骨を舐め回したいわい……」


『骨喰い将軍』がシワクチャの顔を嫌らしく歪めた。

 醜悪な顔に浮かんでいるのは紛れもない情欲。二百歳を超えるその老人は年甲斐もなく、欲情しているようだった。


「仲介人から姿絵を見せられた時から決めていたのじゃ……あの娘はワシが殺す。骨に変えて、永遠に侍らせてやろう」


『骨喰い将軍』はベロリと口から舌を出して、たれ落ちた果汁を舐めとる。

 その老人は邪悪な趣向の持ち主だった。

 美しい女を見ると、骨にしてやりたくなる。

 生きたまま皮を剥いで肉をしゃぶり、骨まで舐めて、それが終わったら術をかけて使役する。

 そうして、永遠に傍に置いておく……それが老人の醜悪極まりない趣味だった。


『骨喰い将軍』の周りに侍っている骨達であったが……彼ら、否、彼女達もまたそんな邪悪な趣向の犠牲者。

 かつては生きた人間、若く美しい娘として人生を謳歌していたところを、『骨喰い将軍』に捕らわれてスケルトンにされてしまったのだ。


『カタカタカタ……』


『骨喰い将軍』にフルーツをぶつけられたスケルトンが悲哀と屈辱に身体を震わせる。

 見るも無残な姿になりながら、彼女達は人間であった頃の記憶を残しているのだ。

 そのスケルトンは十八歳の乙女だった。

 仲の良い家族がいて、婚約者だっていた。

 しかし……愛する婚約者と結ばれようとしている結婚式当日、『骨喰い将軍』によって攫われて、こんな姿にされてしまったのである。


『カタカタカタ……』


「何じゃあ? ワシに文句でもあるのかあ?」


『…………』


『骨喰い将軍』の恫喝にスケルトンは無言。

 いくら憎しみを募らせても、魔法によって縛られたスケルトンは逆らうことができない。

 空っぽの眼窩からは涙すら流れない。

 ただ、命じられるがままに操り人形のように動くしかなかった。


「ム……そうじゃ。捕まえることができぬのなら、アチラから来てもらえば良いではないか」


 悲嘆にくれるスケルトンをよそに、椅子にふんぞり返った『骨喰い将軍』が何かを思いついた。

 絶対にろくでもないことだろうと思いながら……スケルトンが顔を上げる。


「良いことを思いついたぞ……コツコツコツコツッ! 愛しい愛しい、皇女ミリーシアが我が下にやってくるのを待つのも愉快じゃのう。若かりし頃を思い出すわい!」


『骨喰い将軍』が邪悪に笑った。

 それを目の当たりにしたスケルトンは……その部屋にいる全ての骨達が、心から狙われているミリーシアに同情し、彼女が逃げおおせるように祈った。


「は、離せ! やめろお!」


「ム?」


 そんな中、『骨喰い将軍』がいる部屋へと一人の男性が引きずられてきた。

 警備役のスケルトンナイトによって連れてこられたのは、旅装を身に纏った若い男性である。


「なんじゃ、侵入者か?」


「な、何なんだよ、お前らは! 俺に何をするつもりだ!?」


 旅装の男性が怯えて叫ぶ。

 その男性は旅人だった。近くの街道を通った際、不思議な大理石の建物を発見して近づいてきたところを捕まってしまったのである。


「コツコツコツッ! 良いところにやってきた。前祝いの晩餐じゃ!」


『骨喰い将軍』が嬉しそうに言い、シワクチャの顔を満面の笑みに歪めた。


「さあ、喰らってやれ! 飛び込んできた子鼠を可愛がってやると良い!」


「グアッ……!」


 スケルトンナイトが旅人を組み伏せた。

 力任せに白い床に押しつけ、身動きを封じる。


「ヒッ……!」


 そこで初めて、旅人は気がついた。

 大理石と思っていた床であったが……それは全て、骨でできていたのだ。

『骨喰い将軍』の屋敷……それは床も壁も柱も天井も、全てが密集した白骨によって構築されていたのである。


「さあ、喰らえ喰らえ! コツコツコツコツッ!」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 旅人にスケルトン達が群がり、血肉を貪り食っていく。

 哀れな男性は十数分後には完全な骨となり、『骨喰い将軍』の麾下の軍勢に加わるのであった。



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