138.初日の夜は豪勢に
カイムとレンカは川でひとしきり遊んでから、水と魚を確保して野営地に戻った。
二人が戻った頃には、すでに日が沈みかけている時間になっている。
野営地では、ミリーシアとティーがテントと食事の用意をしてくれていた。
「あ、二人とも、お帰りなさい」
「カイム様、お帰りですの」
「二人だけか? ロズベットとリコスはどうした?」
カイムが周りを見回すが、彼女達の姿はなかった。
「ロズベットさんは周囲を警戒して、見回りをしてくれています。リコスさんはそこにある猪を置いてから、また森に入っていってしまいました」
「大物ですの。今日はごちそうですわ」
少し離れた場所に、首から上だけの猪が転がっていた。
ティーの手には大きなナタが握られており、すでに食肉に解体した後のようだ。
「食べきれなかった分のお肉は燻して保存食にしますの。これでしばらくは食事に困りませんわ」
「そうか。こっちも魚と山菜を取ってきたぞ。それから川を見つけて飲み水も確保できた」
「ああ、だから二人の髪が濡れているんですね」
ミリーシアが目ざとく気がついた。
カイムとレンカは水浴びをした直後。身体は拭いたが、髪はまだ濡れている。
「ああ、みんなも明日の出発前に水浴びをすると良い」
「それは有り難いですけど……」
「二人からエッチな匂いがしますわ」
ミリーシアとティーがそろって怪しんだ目になる。
どうやら、女の直感と獣人の感覚でカイム達が情交をしてきたことを見抜いたらしい。
「も、申し訳ございません……姫様」
「不可抗力だ」
レンカが気まずそうな顔になり、カイムが憮然として無実を訴える。
突発的な性行為や抜け駆けはいつものこと。ミリーシアやティーだって経験していることだった。
視線でそう訴えると、二人は不満そうに唇を尖らせながらも引っ込んだ。
「……まあ、良いですけど。お野菜が取れたのならお鍋に入れますから、出してください」
「ああ、わかった」
カイムが拗ねた顔をしているミリーシアに、森で採れた山菜を手渡した。
ちなみに……予想通りではあるが、レンカが仕掛けた罠に獲物は引っかかっていなかった。
「こっちの魚も適当に調理してくれ」
「はい、わかりました」
「夕食は猪のお鍋がありますから、捌いて塩漬けにしておきますわ。保存食にしておきますの」
ティーが包丁を片手に提案する。
サバイバル生活は今日が初日だったが……思いのほか、あっさりと食料が確保できた。
ランスがいるというベーウィックの町まではまだ二週間ほどかかるため、まだまだ油断はできないが。
「ん」
「戻ったわよ」
そうしてしばらく待っていると、リコスとロズベットが戻ってきた。
リコスは両手と口に鳥を持っており、ロズベットは手ぶらである。
「とった」
「ああ、また獲ってきてくれたんですね。ご苦労様です」
「羽を毟って下ごしらえしますの。これは干し肉にしますの」
ミリーシアとティーが喜びながら、リコスから鳥を受け取った。
一方で、レンカは肩を落としている。
「こんな簡単に狩りを……私の罠は何だったのだ……」
「本当に、何だったんだろうな」
落ち込むレンカであったが……幼少時から狼と一緒にサバイバル生活をしたリコスが相手なのだから、無理もないことである。
「もう少し、待っていてくださいね。すぐに夕食ができますから」
ミリーシアが朗らかに言いながら、鍋をかき混ぜる。
しばらく待っていると……やがて、料理ができあがった。
「さあ、皆さん。召し上がれ」
「へえ、美味そうだな」
出来上がったのは、猪肉と山菜が入ったスープだった。
「調味料はまだ十分に残っていましたから、味は保証しますよ」
「猪のおかげで、思ったよりも豪勢になりましたの。リコスちゃんに感謝ですわ」
ミリーシアに続いて、ティーもニッコリと笑う。
六人の皿にそれぞれスープを盛って、渡してくる。
「サバイバル生活をすることになって、どうなることかと思ったが……なかなか美味い飯にありつけてるじゃないか」
カイムがスープを一口飲んで、「美味い」と頷いた。
見た目の通り、味も上々だった。
「料理、上手なのね。大したものじゃない」
「アグアグ、モグモグ……」
ロズベットも二人が作ったスープを称賛して、リコスは無言で口に流し込んで猪肉を咀嚼している。
「……美味しい」
レンカは複雑そうな表情で料理を口に運んでいた。
今回の大金星はリコスである。自信満々に狩りに行ったはずのレンカはイマイチの戦果であり、そのことを落ち込んでいるようだ。
「レンカが採って来てくれた山菜も美味しいですよ」
「デザートの山葡萄もありますの。落ち込むことはないですわ」
肩を落としてスプーンを動かしているレンカに、ミリーシアとティーも慰めにかかっている。
殺し屋に狙われて、サバイバルが始まったものの……何だかんだで、カイム達一行は和気藹々とした夜を過ごしていたのであった。




