137.唾液まみれの彼女
大蛇は倒した。
胴体をバラバラに解体して、頭も潰してやった。
いかに蛇が生命力の強い生き物であったとしても、復活することはあるまい。
「レンカ、大丈夫か!」
大蛇に呑まれかけたレンカに駆け寄ると……彼女は全身を唾液やら消化液やらでグッショリと濡れていた。
「ウウッ……騎士としてあるまじき失態だ。まさか、私がこんな無様な目に遭わされるとは……」
「……無事なようで何よりだよ。そして、お前は日頃からわりと無様だ」
裸で縛られたり、首輪を付けて犬扱いされたりするよりもだいぶマシである。
それはそうとして……このままというわけにもいくまい。すぐに身体を洗わなくては。
「毒は受けていないようだが、消化液まみれだと問題がありそうだな……すぐに洗った方が良い」
「そうだな……私も水浴びがしたい」
「川か池でも探そう……こういう時、水が出せる魔法使いがいないのが不便だな」
魔法使いを擁している冒険者パーティーなどでは、火起こしや水の確保を魔法で行っているそうだ。
カイムの仲間達にもそういうことができる人間がいれば楽なのだが……残念ながら、いなかった。
ミリーシアは神聖術による癒しや結界などはできるが、地水火風の魔法は使えない。
カイムに至っては、紫毒魔法という尖り過ぎている魔法ができるだけ。戦闘以外でほとんど役に立つことのない魔法である。
「ちょっと待ってろ。上から探す」
カイムはその場にレンカを残して、大きく跳躍した。
そのまま空中を蹴ってさらに高々と昇り、森の木々を見下ろせる位置まで飛翔する。
闘鬼神流・基本の型――【朱雀】
空中に圧縮魔力による足場を作り、空を走ることができる技である。
「水辺は……お?」
森を上から見下ろしたカイムであったが……運良く、それほど遠くない場所に川が流れているのを発見した。
「渡りに船だな。飲み水も確保できるぞ」
カイムは満足そうに頷いて、地面に降り立った。
「どうだった、カイム殿」
「すぐそこに川がある。身体を洗えるぞ」
「そうか……命拾いしたな」
レンカが安堵の溜息を吐いて、立ち上がろうとする。
「それじゃあ、案内を……ヒャアッ!」
「おい……うわっ!」
レンカが自分の身体を濡らしている体液のせいで滑って、転びそうになる。
咄嗟に支えたカイムであったが……おかげで、カイムの身体にも粘性の体液がついてしまった。
「お前……やってくれたな……」
「……すまん」
レンカが申し訳なさそうに目を伏せた。
こうなってしまった以上、カイムもさっさと身体を洗いたいものである。
「ハア……さっさと川に行こう」
「ヒャアッ!」
カイムは溜息をつきながらレンカの身体を抱きかかえる。
先ほどのように地面を蹴って跳躍して、木々を飛び越えて川までの道のりをショートカットする。
目的の場所に降り立つと、緑の合間を緩やかに川が流れていた。
近づいてみてわかったことだが……その川は膝上ほどの深さがあり、水は澄んでいる。
よくよく見れば、魚も泳いでいることがわかった。
「飲み水だけじゃなくて、魚も獲れそうだな。本当に幸運だったよ」
「……蛇に呑まれた私は災難だったけどな」
「その女に引っ付かれている俺も災難だよ……さっさと身体を洗おう」
カイムは特に躊躇うこともなく、服を脱ぎ捨てた。
傍に異性のレンカもいるのだが……今さら、気にするような関係ではない。
レンカも躊躇うことなく服を脱ぎ、裸になった。
「冷たいな……いや、汗をかいているから丁度いいのだが……」
「ミリーシア達も連れて来てやるか。アイツらも身体を洗いたいだろう」
野宿や旅における女性の最大の悩みは、風呂やシャワーが無いということだ。
水に浸した布で汗を拭くことができれば御の字。飲み水にも困る状況では、それすらもできなくなってしまう。
「アイテムバッグに入れておけば、しばらくは水に困りそうもないな……ああ、もっと空の容器を十分に用意しておけば良かったよ」
「殺し屋に追いかけられることなど、予想外のことだからな……仕方がないさ」
レンカが全裸で身体を洗い、蛇の唾液やら消化液やらを洗い流す。
急に始まったサバイバル生活であったが……食料と水の確保は想像していた以上に順調に進んでいた。
「運が良いのか悪いのか、わかったものじゃないな……」
「それよりも、カイム殿……ちょっと良いだろうか?」
「ん?」
レンカがカイムの腕を引いてくる。
視線を向けると……レンカは肌を紅潮させており、心なしか息が荒くなっていた。
「お前……まさか……」
「す、すまない……」
レンカがモジモジと股を擦り合わせる。
「先ほど、粘液まみれになった時から切なくて仕方がなかったんだ……もう我慢できないから、尻だけでも叩いてくれ」
「……絶対に尻だけじゃ済まない気がするけどな」
途方に暮れたようにつぶやくカイムであったが……レンカがこういう人間になってしまったのには責任がある。
カイムの毒を口にして、中毒にならなければ、こんな発情体質にはならなかったのだ。
ならば……これもアフターケアの一つだろう。
「ミリーシア達を待たせているからな……十分で終わらせるぞ」
「キャインッ!」
尻を強めに掴んでやると、レンカが嬉しそうに鳴いた。
カイムは雌犬モードに入った女騎士に呆れ混じりの視線を向けつつ、いつものように調教を開始したのであった。




