133.殺し屋から逃れて
「やれやれ……これから、どうしたものかな?」
馬車に揺られながら、カイムが仲間達に訊ねる。
幌付きの馬車の中にはカイムの他に、仲間であるミリーシアとレンカ、リコス、ロズベットの姿もあった。
ティーは御者台に座っており、手綱を振って馬を走らせている。
『骨将軍』から逃げ延びたカイム達一行であったが……そのまま街道を東に向かい、アトラウス伯爵領から脱出した。
領地の入口には簡易的な関所が設置されていたが、特に止められることもなく素通りすることができた。
その関所はワイバーンの被害を受けている領内に人を通さないようにするためのもので、外に出る人間への審査は甘いらしい。
「ランスお兄様のところに向かいたいと思いますけど……その前にどこかで物資を補充したいですね」
ミリーシアが考えを述べる。
「手持ちの食料がかなり心許なくなっています。このままでは、ランスお兄様がいらっしゃる町まで保たないでしょう……」
ランスはアーサーと戦うために、東にあるベーウィックという町にいるらしい。
ベーウィックはランスにとってお膝元と呼べる町であり、そこで支持者や配下の軍勢を募っているそうだ
ここからベーウィックまでは馬車で二週間はかかる。食料は途中で尽きてしまうだろう。
帝国内を旅するにあたって十分な食料は用意していた。
しかし……難民の炊き出しに提供したり、アトラウス伯爵領での滞在中に消費したりしたことで、ほとんど残っていない。
アトラウス伯爵領で購入することも、無理をすればできなくはなかったのだが……ただでさえ物資が不足している町で、大量の食料を買い上げるのは気が引けた。
「関所で話を聞きましたが……この辺りの地域はワイバーンの被害は受けていないようです。近隣の町でなれば食料の不足もないかと思います」
主人の言葉に、レンカが意見を口にする。
「町に行けば、十分な食料は手に入るでしょう。懸念があるとすれば……」
「町中で殺し屋に襲われることねー。絶対に待ち構えている奴がいるだろうし、危険だと思うわよ?」
会話に入ってきたのは元・殺し屋のロズベット。
ロズベットは手慰みにナイフをクルクルと手の中で回しながら説明する。
「殺し屋の中には、周りに人がいようとお構いなしに襲ってくる奴がいるわ。まあ、ターゲット以外は殺さないとか、面倒臭い信念を持っている人もいるけれど……町中だからって遠慮してくれるとは思わないことね」
「ちなみに、先ほど襲撃してきた『骨将軍』という人は……」
「前者ね。完璧に前者。ターゲットを仕留めるためならば町中の人間を殺して見せるわ」
ミリーシアが問うと、ロズベットは何でもないことのように返答する。
「今回は動物や鳥の骨で襲ってきたけれど……もちろん、あの爺の武器には人間の骨も含まれているわ。町中で襲われたら、どれだけ被害が出るかわからないわね」
「……だったら、なおさら町に寄ることはできませんね。このまま街道を進んで、ランスお兄様のところまで行きましょう」
ミリーシアがそれほど迷うこともなく、苦渋の決断を下した。
「私達の事情に無関係な人々を巻き込むわけには参りません。食料は……どうにか、道中で手に入れましょう」
「……まあ、俺はかまわないけどな」
狩りをしたり、山菜を採ったり……野山から食料を得る手段はある。
飲み水だって、川から汲めばどうにかなるだろう。
「しかし……お前達はそれで良いのか? かなり、過酷な生活になると思うが?」
カイムは問題ない。
かつては腐ったパンや野菜を食べて生活していたのだ。
数日であれば水だけでも耐えられるし、虫や雑草だって食べて飢えをしのぐことはできるだろう。
「だけど……ミリーシア、お前は辛いだろ。これまで以上に野宿が続くし、食事の質もかなり悪くなるぞ?」
「……耐えて見せます。絶対に」
皇女だったミリーシアには厳しい旅路になるだろうが……彼女は毅然として宣言した。
「民の命に比べれば安い物ですから……皆様を巻き込んでしまって、申し訳ない限りですけど」
「姫様……ご立派です」
「私も別にいいわよー。野宿は慣れているからね」
レンカが感極まった様子で言い、ロズベットもヒラヒラと手を振った。
話がまとまったようである。
これから、ランスが拠点としているベーウィックの町までの二週間。野宿と狩猟のサバイバル生活だ。
「ティーもそれで良いな?」
「カイム様が良いのなら、ティーは何も問題ありませんの」
「リコスは…………あ?」
「モシャモシャ……」
リコスの方に目を向けるが……彼女は口をモゴモゴとさせて何かを食べていた。
「……お前、何食ってんだ?」
「んあ?」
リコスが口を開けると……トカゲのものと思わしき尻尾がポロリと落ちる。
どうやら……その辺にいたトカゲを捕まえて食べていたらしい。
「……問題はなさそうだな」
リコスは魔狼に育てられた野生児である。
むしろ……サバイバル生活はこの中の誰よりも得意だろう。
カイム達はそのまま、東に向かって馬車を進ませた。
目指すはランスの直轄地である東の町……ベーウィック。
殺し屋の目を逃れて町を避けて、街道をひっそりと進んでいったのである。




