132.ミストレス
「今回の依頼ですけど……よければ、私達と同盟を組んでいただけないかしら?」
「ほほう……同盟とな?」
「ええ、そうですわ」
『ミストレス』が美貌に笑みを湛えて、『骨喰い将軍』に説明する。
「私達……『カンパニー』は皇女ミリーシアを仕留めるつもりなのだけど、どうにも、ターゲットの周りに相性の悪い相手がいるようでして。このままでは味方の損害も大きくなりそうなので、御家老の力を借りたいのです」
『カンパニー』は千人を超える殺し屋結社である。
業界でも最大の組織であったが……しかし、個人の能力はさほど強くない。
『銃』や『爆弾』といった特殊な武器によって補っているが、他の有名どころの殺し屋には遠く及ばない。
「ミリーシア皇女はかつて、修道院に入ってシスターをしていたと聞きます。御家老にとっても、苦手な相手なのではありませんか?」
『骨喰い将軍』にとっても、標的のミリーシアは厄介な相手である。
配下のスケルトンだけでは、暗殺は困難。『ミストレス』からの提案は渡りに船といっても良いだろう。
「報酬は六対四。もちろん、御家老が六ですわ」
「九対一じゃ」
しかし、『骨喰い将軍』がしわがれ声で断定する。
「儂が九割。そちらが一割じゃ……それ以上は譲れぬよ」
「御家老……それはちょっと、欲張り過ぎじゃないかしら?」
「儂はあと百年は生きる予定じゃからのう。隠居した後のために蓄えを作っておきたいのじゃよ。コツコツコツッ!」
「…………」
業突く張りな老人が高々と笑った。
すでに二百歳を超えているというのに……何とも、生き汚いことである。
「そう……残念ですこと」
『ミストレス』が溜息を一つ吐いてから、ゆっくりと首を横に振る。
「……先ほどの提案はなかったことにしてくださる? さすがにそれじゃあ、採算が取れませんから」
「ウウム、残念じゃのう。『ミストレス』ちゃんの尻を眺めながら仕事ができると思ったのに……」
「ごめんあそばせ。こちらから提案しておいて申し訳ないけれど、許してくださいませ」
「まあ、仕方がないわい。それでは、また……息災でのう」
『骨喰い将軍』は丘の断崖部分まで歩いていき、迷うことなく身を投じた。
そのまま真っ逆さまに落下……ということはなく、大きなハゲワシのスケルトンがその身体を受け止めて、どこかに飛んでいく。
老人が去っていくのに合わせて、周りの骨の動物達も消えていった。
「チッ……あのクソジジイが」
「おいぼれの老害が。調子に乗りやがって……」
黒服達がここぞとばかりに悪態をつく。
しかし、彼らのボス……『ミストレス』が手を叩いた。
「やめなさい。失礼よ」
「しかし、ミストレス……」
「どこで聞いているかわからないわ……本当にエッチなお爺ちゃんだこと」
『ミストレス』が軽く左足を上げて、勢い良く下ろす。
振り下ろしたヒールがパキリと音を鳴らした。『ミストレス』の足元……ちょうどスカートを覗き込むような位置に、ネズミのスケルトンがいたのだ。
「相手は私達の祖父母が生まれる前から殺し屋をやっている御仁よ。油断しないの」
「も、申し訳ございません……」
「それに……この結果は想定の内だわ」
『ミストレス』が右手をスッと前に出す。
すぐさま、黒服の一人が葉巻を差し出して火を着ける。
「御家老とまともに組むことができるだなんて思っていないわ……焚きつけることができたら十分よ」
「…………?」
『ミストレス』の言葉を部下達は理解できないようで、首を傾げている。
『カンパニー』の女ボスの目的は『骨喰い将軍』と組むことではない。
自分以外にもミリーシアを狙っている人間がすぐ近くにいることをアピールして、焚きつけるためだった。
「私達に先を越されないように、きっと御家老も張り切ることでしょう……それで十分よ」
今回の殺害のターゲット三人……そのうち、ミリーシアはもっとも容易い相手であると思われている。
しかし、そう簡単にいかないことを『ミストレス』は予想していた。
「御家老が上手い具合に削ってくれたら、きっと私達もやりやすくなるわよ……」
『骨喰い将軍』という二百歳オーバーの殺し屋を露払いに使い、美味しいところを横取りする。
『ミストレス』の恐るべきところは、千人を超える部下でもなく、銃という武器でもなく……その智謀にこそあるのであった。




