130.骨喰い将軍
ロズベットのつぶやきを聞いて、カイムが眉を顰めてその不気味な名前を反復する。
「『骨喰い将軍』……!?」
「ええ。骨を操る魔法に長けたネクロマンサーよ! 一度に使役できる骨は百とも千ともいわれているわね!」
「殺し屋ってのはもっと静かに殺るもんじゃねえのかよ……! 目立ち過ぎだろうが!」
ワイバーン襲撃のおかげで馬車が走っている街道は閑散としているが、本来であればもっと多くの旅人や行商人が行き交っていただろう。
道の横幅いっぱいに骨の魔物が広がり、追いかけてくる様子はとんでもなく目立っていた。
「アレはそういう殺し屋なのよ。別に殺し屋全員が闇に紛れているわけじゃないわ」
「レンカ、逃げ切れそうですか!?」
荷台にしがみつきながら、ミリーシアがレンカに訊ねた。
レンカは両手の手綱を振りながら、歯を食いしばりながら答える。
「馬が疲労してきています……このまま全力疾走していては、もう何分も保ちません……!」
「迎撃することを考えた方がいいな」
カイムが幌馬車の後方から拳を突き出した。
「【麒麟】」
撃ち出された圧縮魔力が大砲の弾のように飛んでいき、数体の骨を破壊した。
しかし、すぐに後ろから走ってきた別の骨が隙間を埋めてしまう。
「……面倒だな」
闘鬼神流は一度に多人数を攻撃できる技が少ない。
ならば魔法はというと……カイムが使用する毒の魔法は骨だけしかない相手には効果が薄いだろう。
「骨を溶かすほどの強酸であればあるいは……しかし、魔力の消費が大きそうだな」
後方から追いかけてきている骨の魔物は数百体はいる。
彼ら全てを強酸で溶かしていては、いかにカイムの魔力が大きかったとしても底をついてしまうかもしれない。
「ギャアッ!」
「カアッ!」
空中から鳥の骨が羽を広げ、襲いかかってくる。
カイムが迎撃しようと拳を引くが……同時に二つの影が動く。
「ガウッ!」
「シッ!」
ティーとロズベットである。
二人が同時に鳥の骨を迎撃して、粉々の残骸にして地面に落とす。
「大丈夫ですの、カイム様!」
「油断したらダメよ」
「ご苦労……しかし、キリがないな!」
今度は狼の骨が襲いかかってくる。
カイムが鞭のような蹴りで喰らいついてきた狼の骨を粉砕した。
「大元を叩けばいいんだろうが……場所がわからないとどうしようもないな」
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「……あんな奴までいるのかよ」
続いて襲いかかってきたのはワイバーンの骨だった。
巨大な骨が翼を広げて、胴体で馬車を押し潰さんばかりに迫ってくる。
「闘鬼神流……!」
カイムが腕を構えて、ワイバーンを迎撃しようとする。
しかし……それよりもわずかに早く、馬車を白い光が包み込んだ。
「【ホーリーサークレット】!」
叫んだのはミリーシアである。
不浄を焼く白い光に触れた途端、ワイバーンの骨が塵となって消滅した。
カイムが振り返ると、馬車の奥でミリーシアが取り出した錫杖を構えている。
「神聖術です。詠唱のために少し時間はかかりましたけど……これでネクロマンサーに使役されたアンデッドは近寄ることができないはずです」
ミリーシアの神聖術によって、馬車全体が白い膜によって包まれている。
彼女の言葉を証明するかのように、馬車に攻撃を仕掛けようとしていた骨は光に触れると塵になって消えていく。
「グルルルル……!」
「ガウッ! ガウッ!」
骨だけの動物達が悔しそうに鳴いて、スピードを落としていく。
どうやら、襲撃を諦めたようだ。徐々に骨と馬車の間の距離が開いていき、やがて彼らの姿が見えなくなった。
「……どうやら、追い払うことができたようだな」
「ええ、そうね」
カイムのつぶやきにロズベットが応じる。
「でも……『骨喰い将軍』は執念深い男よ。私と違ってね。確実にまだ追いかけてくるはず。もしかすると他の殺し屋も動き出している可能性もあるし……ここから先の旅路は地獄でしょうね」
「殺し屋とのバトルロイヤルってわけか? なかなか笑えない展開じゃないか」
このレベルの殺し屋がこれからも命を狙ってくるとなると、今後の旅は厳しいものになるだろう。
カイム達は数も実力も不明な殺し屋と、先の見えない戦闘に身を投じることになったのである。




