125.その毒は女を殺す
カイムは新しく現れたワイバーンに毒を撃ち込み、生成した毒の実験をした。
二匹のワイバーンを実験台にして試したところ、効果は十分だった。
毒は少量でもワイバーンを殺すことができる力がある。
一般の兵士でも、弓矢などに仕込んで撃つだけでワイバーンを討伐することができそうだ。
ちなみに、襲われていた避難民はというと……彼らは森の中に逃げ込んで事なきを得ていた。
木の洞の中に逃げ込んで、ワイバーンから隠れていたようだ。
後から救助に駆けつけた騎士に護衛されて、無事に安全圏まで逃れることができた。
「この毒を使えば、一気にワイバーンを駆逐できるはずだ」
「さすがはカイムさんです! まさか、本当に一日で毒を作ってしまうだなんて!」
完成した毒を見せると、ミリーシアが両手を合わせて称賛する。
「森に行った際にウサギやイノシシがいたから試したが、やはりワイバーン以外には効果がなかった。飲んだって平気だぜ?」
むしろ、どうしてそうなったのかはわからないが、濃い紫色のその毒は一目にはワインのように見える。
味も妙にコクがあって、濃厚な蒸留酒のような味わいなのだ。
「何故か酒みたいになったせいで、誤嚥の可能性があるな。まあ、飲んだところで死にはしないが」
「へえ……興味深いですね。ちょっと味見しても良いですか?」
「やめろ」
カイムが渋面になって、好奇心に目を輝かせているミリーシアを止めた。
カイムの毒は相性の良い異性にとっては媚薬として作用する。
これまでの経験上、ミリーシアがこの毒を口にすれば確実に発情することだろう。
「オチがわかってる下ネタをさせるものかよ。お前は絶対に口にするな。ティーとレンカにもそう伝えておけ」
「ムウ……まあ、いいですよ。ワイバーンを倒すために必要なものですから。無駄遣いはしませんよ」
ミリーシアは不服そうに唇を尖らせていたが、さすがに人々の命よりも好奇心を優先させることはなかった。
「それに……こんなもの無くたって、カイムさんは私のこと抱いてくれますものね!」
「…………」
不本意ではあるが、否定できない事実である。
最近のカイムは三人の美姫に押されっぱなしであり、すっかり彼女達に求められるがままに抱いていた。
(……どこかで気を引き締めた方が良いかもな。いや、出来ればだけど)
自分で言っておいて何ではあるが、カイムはすぐに挫折する気が満々だった。
「ミリーシアの方から領主に渡してくれ。俺が渡すよりも、信用されるはずだ」
「わかりました。それでは、こちらの方でやっておきますね……これでアトラウス伯爵領を襲っている事態が解決すると良いのですけど」
「ワイバーンの数にもよるな。上手くいくことを願おう」
〇 〇 〇
その後、ミリーシアはアトラウス伯爵にカイムが生み出した毒薬を渡した。
アトラウス伯爵はその毒を領軍に配備して、各地に送り込んでワイバーンの討伐に当たった。
劇的な効果は一週間とかからずに顕われた。
弓矢を数本、撃ち込んだだけでワイバーンを倒すことができるようになり、『狩る者』と『狩られる者』の立場が逆転する。
各地に派遣された騎士がワイバーンを次々と討っていき、領内に跳梁跋扈していた大部分が撃破された。
面倒事といえば、カイムに対して毒の追加が依頼されたこと。
さらにタル十個分を生成することになったのが大変だったというくらいである。
「アトラウス伯爵が御礼を言っていました。おかげでワイバーンの問題が解決しつつあると」
後日、ミリーシアがカイムに華やいだ表情で報告してきた。
「アトラウス伯爵はランスお兄様を支援すると約束をしてくれました。それだけじゃなくて、他の中立派の領主にも味方になるよう説得してくれるそうです!」
「へえ、ワイバーン退治をすることになったときには無駄な時間をと思ったが、かえって良い方向に話がまとまったらしいな」
急がば回れという奴である。
ミリーシアがランスのところに駆けつけるよりもワイバーン退治を優先させたため、かえって兄弟喧嘩が優位になったらしい。
「もうワイバーンもほとんどが片付いたので、私達がここに留まる必要もなくなりましたね。どうして、北の山にいるはずのワイバーンが下りてきて人を襲うようになったのかはわかりませんけど……」
「まあ、それは伯爵が勝手に調べるだろ。俺達が行くまでもないよな」
これにて、ようやくワイバーンの問題が解決したらしい。
明日にでも、ランスがいる東方に出発することができそうだ。
アトラウス伯爵領に留まったのは十日ほどだが、じきにアーサーが動き出して、ランスを討伐するために軍を送り込んでくることだろう。
もはや時間の猶予はない。
少しでも早く、ランスと合流した方が良さそうだ。
「ようやく、ランスお兄様のところに駆けつけることができそうです」
「俺も楽しみだよ……色々とな」
その日もカイムとミリーシア、レンカやティーもいつもの『日課』をこなして就寝した。
すでにアトラウス伯爵への挨拶は済ませており、明日は早朝に出発である。
これにて、アトラウス伯爵領で起こったワイバーン騒動は完結。
物語は次の局面へと舞台を移すことになる。
「…………は?」
しかし、その前に語るべきことがもう一つある。
仮宿として使っている宿屋に、前触れもなく異物が入り込んだ。
「ふあ……あはあ……」
「……何をしてるんだ。この女」
女が宿屋の玄関ロビーに倒れていた。
傍らには、ワイバーン殺しの毒を入れたタルが一つ、空になって転がっている。
その女はネイビーブルーの髪を編みこんでおり、年齢は二十代前半ほど。
細身の美女だ。クッタリと、まるで妖しい行為の直後のように服を乱している。
汗などの液体まみれになって転がっている女は肌を朱色に染めており、四肢を床に投げ出して脱力していた。
「えっと……この人って、確か……」
「移動中の馬車で会った人ですの」
「……意識はないようですね。混濁状態というところですか」
同じく、女を発見したミリーシアとティーが首を傾げる。
レンカも警戒した様子になって、女の身体を鞘に入った剣で小突く。
「……首狩りロズベット」
カイムがその女の名前を呼んだ。
「もう……のめにゃい、よお……」
酔っぱらった様子で脱力していたのは、『首狩りロズベット』と呼ばれていた殺し屋だった。
帝都に行く途中の馬車で遭遇し、城でアーサーと戦った際には成り行きで共闘することになった女が、無防備な半裸で泥酔して倒れていたのである。
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