123.朝湯と狼
連載作品である「毒の王」の書籍2巻が発売いたしました!
書籍版では大幅加筆。
特にネット版よりもエッチなシーンを大量追加!
電子書籍版には限定特典エピソードも追加しています!
皆様、今後も本作をよろしくお願いします!
激戦を乗り越えたカイムは、朝になって宿の浴室に入った。
この宿屋には共同の浴室があり、男性と女性に分かれて設置されている。
宿泊客がカイム達一行しかいないとはいえ、男湯に女性が入るのは不味いだろう。場合によっては、町に駐在している兵士が入ってくる可能性もある。
そのため、カイムは一人でのんびりと湯船に浸かることができたのだった。
「クソ……アイツら、容赦なく搾り取りやがって……」
昨日は空を蹴っての強行軍。
帰宅したと思ったら、三匹の陰獣を相手に朝まで戦うことになってしまった。
さすがに疲労が酷い。
入浴が終わったら、部屋でもう一眠りさせてもらおう。
「…………」
「お?」
ガラリと浴室の扉が開いた。
湯船に浸かりながら視線を向けると、そこには意外な人間が立っていた。
「リコス? どうして、男湯に入ってんだよ」
男湯に入ってきたのは十歳ほどの小さな少女。
カイム達一行に同行している狼少女……リコスである。
魔狼に育てられたリコスは人よりも警戒心が強く、ラックス達との同行中は馬車の奥に隠れており、ほとんど姿を見せることはなかった。
「どこに隠れているかと思ったら、お前も風呂か? 女湯はアッチだぞ?」
「…………」
カイムが窘めるが、リコスは構わず入ってくる。
無言でジャボンと湯に飛び込んで、カイムの膝の上に座った。
「…………おい」
「くうっ」
リコスは小さく声を発して、瞳を閉じた。
長い銀髪の毛がユラユラと揺れている。
かつて森で出会った頃はボロボロでくすんだ色をしていたが、今ではすっかり手入れをされていてキューティクルができていた。
入浴の前にまとめた方が良いのだろうが……リコスは少しも気にした様子はなく、湯船に肩まで沈めている。
「……しょうがねえな」
カイムは溜息を吐いて、リコスの髪に指先で触れる。
女性陣がやっていたのを見よう見まねで、リコスの髪をタオルでまとめた。
「これでよし……」
「ん……」
リコスが心地良さそうに目を細めて、カイムに身をゆだねてくる。
これで相手がティーやミリーシアであればそのままセックスに移行してしまうところだが、もちろん、リコスが相手ではそんなことにはならない。
何たって、相手は子供だ。
狼に育てられていたという来歴のせいで、実際の年齢は知らないが……これに欲情して手を出すようになったら終わりである。
「くうっ、んんっ……」
「あ?」
「くうくうっ……!」
しばらく湯に浸かっていると、リコスが何かを催促するような仕草をする。
もしかして、身体を洗ってくれとでも言っているのだろうか。
「どうして俺が……コラ、動くな!」
リコスはカイムの両膝の上に乗っており、身体を左右に動かすものだから敏感な部分が刺激されてしまう。
こんな子供を相手にエレクトしてしまったら、男としての沽券にかかわる。
慌ててリコスの脇に手を突っ込み、小さな身体を持ち上げた。
「ああ、畜生! わかったよ。洗ってやる! ほら、湯船から出てそっちに移動しろ!」
「くう?」
「まったく、子供かよ……って、子供なんだけどな」
リコスを抱いて湯船から出して、バスチェアに座らせた。
小さな身体の後ろに立って、石鹸でスポンジを泡立てて身体を洗ってやる。
「小さい身体だな。それに白い」
リコスの裸身は凹凸が少ない。森で拾った頃と比べるとかなり肉が付いているが、それでも幼児体型には違いなかった。
それでも、病的なほどの白い肌とミスリルにも似た銀色の髪には不思議と視線が引き付けられる美しさがあった。
魔狼の仔として育てられて、森の奥深くで生きてきたためだろうか。
暗い森の中で生活していたためか、あまり日光を浴びている様子もない。
「それに……髪や肌に魔力が溶け込んでいるな。これは『魔境』の影響か?」
直接、肌に触れてみてわかる。
リコスの身体、全身の細胞には高密度の魔力が備わっていた。
『毒の女王』と融合を果たしたカイムほどではないが、いずれは優れた戦士か魔法使いになることだろう。
(それどころか、魔物のように肉体が変質して、普通の人間とは違う異形になる可能性すらあるな……俺が言えた話ではないが)
魔物というのは魔力を浴びて変異した野生動物であるという。
大量の魔力を浴びることで動植物の肉体が変異するのであれば、魔境育ちのリコスの身にも同じことが起こっても不思議はない。
今は特に異常は見られないが……将来的に思わぬ変化を起こす可能性はあった。
(どこぞのマッドサイエンティストが喜びそうだよな。まあ、あの女がどこで何をしているかなんて知らないが)
自分の身体を『毒の王』にした研究者の顔を思い浮かべ、カイムは忌々しそうに舌打ちをする。
「ほら、今度は髪を洗ってやる。泡が入らないように目を閉じておけよ」
「ん……」
リコスはじっと大人しくしていて、されるがままに身体と髪を洗われている。
こうして指示を聞いてくれる当たり、カイムのことを信頼してくれているようだった。
「信頼は嬉しいが……何でだろうな。そこまで好かれるようなことをした覚えはないが?」
「…………?」
リコスが不思議そうに振り返り、首を傾げた。
カイムはリコスの親……魔狼王を殺した。
嫌われることはあっても、好かれる様子はないはずである。
「……そのあたり、人間とは感覚がずれているんだろうな」
「んっ!」
カイムは桶で浴槽の湯をすくって、リコスの頭からかけた。
リコスが顔だけで振り返って、抗議するように睨んでくる。
「怒るなよ。ほれ、もう一回湯に浸かれ」
「くうっ!」
「俺はもう出る。そのまましっかり温まってこい」
ゆっくりとしていられる時間は終わった。
カイムはさっさと浴室から出て、脱衣所に畳まれて置かれてあったバスローブに腕を通す。
今日の予定は決まっている。
昨晩、ミリーシアから受けたアドバイスを元にワイバーン討伐のための毒を生成する予定だった。
あまりにも致死性が高い毒ではだめだ。それを使う兵士達まで毒に冒されかねない。
「理想はワイバーンなどの魔物だけを殺す効果があって、人間には無害な毒……そんなものが作れるかね?」
繊細な作業になりそうである。今のうちに英気を養っておこう。
カイムは胃袋に詰める物を求めて、バスローブ姿のまま宿屋の厨房へと向かっていった。




