119.蹂躙された町
ルーズベンの町から南。
そこにある小さな町……『オーズド』がワイバーンに襲われているという知らせが入った。
領民の危機を知ったアトラウス伯爵はもちろん、領軍を率いてワイバーン討伐に向かったわけだが、先行してカイムがオーズドに向かった。
「馬はいらない。走っていく」
「オーズドまでは馬を使っても半日はかかりますよ?」
「問題ない」
馬を貸してくれようとしたアトラウス伯爵に答えて、カイムは仲間達に顔を向ける。
「それじゃあ、行ってくる。みんなはここで待っていてくれ」
「カイムさん……どうぞお気をつけて」
ミリーシアが祈るように両手を組んで、カイムを送り出す。他の仲間達も同様である。
オーズドまではカイム一人で行くことになっていた。
今回はとにかく、速度が重要である。
オーズドから早馬が着いたのはつい先ほどだったが、距離を考えると、すでにワイバーンの襲撃から半日が経過していることになる。
一刻も早く、援軍に向かわなければならない。
「闘鬼神流基本の型――【朱雀】」
カイムは地面を蹴り、宙へと身体を躍らせた。
圧縮魔力によって足場を作り、空を駆けて疾走する。
【朱雀】は物質化するほど固めた魔力を空中に浮かべ、足場として空を走る飛行術だった。
あらゆる障害物や地形を無視して空を走るのだから、通常よりもかなり道程を短縮できるだろう。
おまけに……走っているのはカイム。
『毒の女王』から莫大な魔力を引き継ぎ、『拳聖』の父親から天賦の武才を奪い取った男である。
空を走る速さはワイバーンの飛行速度すら上回っており、街道を走ってオーズドに向かっている領軍の騎士が数秒で見えなくなるほどだった。
(オーズドは南に一直線。途中で沼地があるため、馬や徒歩では時間がかかる……俺には関係ない話だけどな)
「ん……?」
進行方向上にふと影が浮かんでくる。
ワイバーンかと思ったが、それは昆虫型のモンスターだった。
カブトムシとクワガタを融合させたような形状をしており、頭部から大きな角と鋏が生えている。
「ギチギチギチギチギチ!」
トラやライオンと同じ大きさの昆虫はカイムを見つけたらしく、威嚇するような鳴き声を上げて迫ってきた。
どうやら、カイムを襲うつもりのようだ。角と鋏を向けて突進してくる。
「邪魔だ。どけ」
「ギチッ……」
カイムがすれ違いざま、昆虫型モンスターの頭部を殴りつける。固い甲殻ごと頭蓋を容赦なく破壊した。
巨大な甲虫が力なく半透明の羽を震わし、地面に墜落していった。
「フンッ……」
カイムは鼻を鳴らし、行軍を再開させる。
空を蹴り、宙を舞い、カイムはグングンとスピードを上げて目的地に向かう。
本来であれば馬でも半日かかる道のりをたった一時間ほどで踏破して、オーズドの町へと到着した。
「これは……!」
眼下に広がっている光景を目にして、カイムは息を呑んだ。
オーズドの町は都市というほどの規模ではないが、村よりは発展した町だと聞いていた。
しかし、そこにあったのは崩れた外壁。潰れた建物。あちこちから上がる煙。
まるで大地震に襲われた直後のような光景が広がっている。
「グガアアアアアアアアアアア!」
そして、破壊された町の中には、まだワイバーンの姿があった。
大型のトカゲ、左右の手が翼となった怪物が三匹、崩れた建物の中に首を突っ込んでいる。
「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ワイバーンの一匹が建物の残骸の中から、埋まっていた女性を掘り起こした。
女性は恐怖の絶叫を上げながら、そのままワイバーンに噛み砕かれようとしている。
「【鳳凰】!」
カイムはすぐに動き出した。
足の底から瞬発的に魔力を放出させ、一気にトップスピードまで加速する。
そして、今まさに女性を食い殺そうとしていたワイバーンの胴体を、勢いをつけて踏みつけた。
「フンッ!」
「ギャンッ!」
強かに背中を踏みつけられたワイバーンが口から女性を落とす。
女性はどうにか五体満足のようで、這うようにしてどこかに逃げていく。
「グルルルルルルルッ!」
「グワアッ!」
「ギャンギャンッ!」
三匹のワイバーンがカイムを敵として認識して、怒りの咆哮を上げる。
「怒っているのはこっちも同じだ。好き勝手に食い散らしやがって……ただで帰れると思うなよ?」
町に下りてきた改めて気がついたが、町のあちこちに人間の死体が転がっている。
無残に食い散らかされた者、建物に押し潰された者、男も女も子供も老人も……関係なしに、蹂躙されていた。
「さんざん狩って満足しただろ? 今度は俺に狩らせてくれよ!」
「ギャアアアアアアアアアアアッ!」
「五月蠅え、吠えるな」
カイムはまずは踏みつけたままのワイバーンから始末する。
【青龍】によって刃に変えた圧縮魔力を腕にまとい、丸太のように太い首を切断した。
大量の血液が建物の残骸へと流れ落ち、ワイバーンが倒れて動かなくなる。
「グガアアアアアアアアアアアッ!」
「ギャオオオオオオオオオオオッ!」
仲間がやられたのを見て、他の二体のワイバーンもカイムに襲いかかってくる。
「…………!」
カイムは左右から襲いかかってくる牙をあえて避けることなく、身体で受け止める。
「痛いな。怪我したらどうするんだよ」
ギチギチと二体のワイバーンが両腕に噛みついてくるが、カイムは涼しい表情。
噛みつかれた腕からは血の一滴すら流れることはなく、ワイバーンの牙は皮膚に当たったところで止まっていた。
圧縮魔力の装甲を身にまとったカイムにとって、ワイバーンの牙は恐れるにも足りぬもの。犬に甘噛みされた程度の痛みしか感じない。
「グアッ!?」
むしろ、苦しみだしたのはワイバーンの方である。
ワイバーンは口から大量の唾液を撒き散らして、地面に倒れ、悶絶した。
毒に変えた魔力を直接、口から体内に摂取してしまったことで、中毒症状を起こしたのである。
「おっと……吐くなよ。食われた人間の肉塊なんて見たくないぜ」
カイムはワイバーンが嘔吐するよりも先に、トドメを指す。
悶絶しているワイバーンの首を斬り落として、二体とも絶命させた。
「さて……これでワイバーンは片付いたが……」
カイムが町の内部を見回した。
多くの建物が倒れており、無事なものの方が少ない。
恐らくではあるが……町を襲ってきたのはこの三匹だけではない。
他にもたくさんのワイバーンがいて、すでに飛び去った後なのだろう。
「面倒だな……」
ワイバーンを倒すことではなく、見つけ出すことが面倒。
カイムは鬱陶しそうに首を振って……瓦礫の破片を蹴り飛ばす。
「……とりあえず、生存者を探すか」
アトラウス伯爵の領軍の兵士が到着するまで、まだしばらく時間がかかるだろう。
カイムは生き残りの人間を探すべく、町の中を見て回るのだった。
新作の短編小説を投稿いたしました。
こちらの作品もよろしくお願いします!
・異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。
https://ncode.syosetu.com/n4030il/




