116.アトラウス伯爵
事前に得ていた情報通り、領主は代官の屋敷にいた。
代官の屋敷の庭で集まっている兵士達と何やら話をしており、時折、声を張り上げて指示を飛ばしている。
ラックスが屋敷の入口にいる兵士に話を通すと、領主のところまで通してくれた。カイム達も後についていく。
「領主様、冒険者ギルドから使いの方が来ています」
「おお、来たか。そろそろだろうと思っていたぞ」
口ひげを生やした五十代ほどの男性が兵士の報告を聞き、カイム達がいる方へと歩いてきた。
「私がこの地を納めているアトラウス伯爵だ。よく来てくれたな、冒険者諸君」
その人物は貴族というよりも年配の騎士といった雰囲気の男性だった。
大柄でガッシリと鍛えられた肉体をしており、貴族が着るような豪奢な衣装ではなく金属製の鎧を身に付けている。
話し方にも偉ぶった様子はなく、どこか気安い雰囲気があった。
「わざわざ遠いところをすまんな。途中でワイバーンに襲われなかったか?」
「え、ええ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます……」
「それじゃあ、ギルドに出した応援要請の返事を頂けるかな?」
「はい、こちらをお納めください……」
ラックスが恐縮しきった様子でギルドからの書状を渡す。
アトラウス伯爵は受け取った書状を開く。その内容に目を通すうち、徐々に目元が険しくなっていった。
「ギルドから応援を送ることはできない。王都に内乱の兆しがあるため……か」
「も、申し訳ありません……」
「君のせいではない。しかし、困ったな……」
アトラウス伯爵が険しい顔で考え込む。
「王都にある冒険者ギルドの協力が得られないということは、領内の兵士と冒険者だけでワイバーンに対処しなくてはいけなくなる。人数も実力も足りなさ過ぎるな」
察するに、アトラウス伯爵領にワイバーンの群れが現れたため、王都の冒険者ギルドに応援要請を出していたのだろう。
しかし、アーサーとランスの間で対立が生じており、内乱の前兆があるために迂闊に冒険者を動かすことができないようだ。
(冒険者は傭兵として働くこともあるみたいだからな。そっちに人員を取られる可能性もあるだろうし、大勢の戦力を動かせば両陣営を刺激しかねないもんな)
アーサー側、ランス側も同じだろう。
アトラウス伯爵がどちらに属しているかは知らないが、この情勢下で援軍を送ることはできないはず。
アトラウス伯爵は援軍を得られない孤立無援の状態でワイバーンの群れに対処しなくてはいけなくなってしまった。
(おまけにワイバーンは空を飛ぶことができて神出鬼没。領主様としては頭が痛いことだろうな)
「……ご苦労だった。もう下がって良いぞ」
「はい……失礼します」
ラックスは申し訳なさそうに頭を下げて、アトラウス伯爵の御前を下がろうとする。
そのままカイム達も一緒に代官の屋敷から出ていこうとした。
「お久しぶりです。アトラウス伯」
しかし、ラックスの背後からミリーシアが前に進み出る。
突然、領主に近づいた女に周りにいた兵士らが間に割って入り、ミリーシアを引き剥がそうとした。
「無礼だぞ、離れろ!」
「待て! 控えよ!」
ミリーシアを押しとどめようとする兵士をアトラウス伯爵が一喝した。
主人の命を受けて、兵士達が即座に離れる。
「まさか……どうして、貴女がこのような場所に?」
「こうして顔を合わせるのは数年ぶりですね。よく私の顔を覚えていてくれました」
「側妃様と瓜二つでしたからな……しかし、驚かされました」
「領主様!?」
アトラウス伯爵がその場に片膝をつく。
周囲にいた兵士達、ラックス・パーティーのメンバーからも驚きの声が上がった。
「お久しぶりです……ミリーシア皇女殿下。ご尊顔を拝謁できて光栄でございます」
「皇女殿下!?」
ラックスが愕然として声を上げる。
一同の驚きの視線を浴びて、ミリーシアは困ったように微笑んだのであった。
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