109.大量発生
カイムがワイバーンの絶命を確認して仲間のところに戻ると、ミリーシアらが馬車を運転していた男の手当てをしていた。
「ハア、ハア……し、かと思った……」
「大丈夫ですか、お怪我はありませんか?」
「だい、大丈夫です……助かりました……」
馬車から降りた男は地面にグッタリと座り込んでいる。
少し離れた場所では、馬車を引いていた馬が力なく地面に伏していた。ティーが木桶に水を入れて馬に飲ませている。
「生きているようだな。何よりだ」
「カイムさん、ワイバーンは……?」
「倒した。問題はない」
「た、倒した? あの化物を……?」
カイムとミリーシアの会話を聞いて、男が驚きに目を剥いた。
「別に驚くことはない。ところで……何があったのか説明してもらっても良いか?」
「あ、ああ……ワイバーンに襲われて、喰われそうになったんだ。おそらく、『竜の巣』から出てきたんだと思う……」
「『竜の巣』?」
カイムが聞き返すと、男ではなく周囲を警戒していたレンカが答える。
「『百竜山脈』……通称『竜の巣』というのは帝国北方にある山脈の名前だ。強力なドラゴンが住処にしているとされていて、竜の眷属であるワイバーンもまた多数生息している場所だ」
レンカがカイムから男に視線を移す。
「だが……あの場所に棲んでいる竜とその眷属は、基本的に山から下りてこないはずだ。稀に『はぐれ』がふもとの村を襲うことはあるが……こんな遠くまでは来ないはずだ」
「そ、それがそうもいかないんですよ……この先の地域にワイバーンが大量発生したとかで、道が封鎖されているんです」
「大量発生……だと?」
レンカが目を険しくさせて、聞き返す。
男はミリーシアが差し出した水を一気飲みしてから、「プハアッ!」と大きく息をついて話し出す。
「理由はわからない。原因も。だが……一週間ほど前から、この先の地域にワイバーンが出没するようになったらしい。領主によって道が封鎖されて、近隣の住民に避難が呼びかけられている。俺も商品を馬車に積んで逃げてきたんだが……運悪く、奴に見つかって追いかけ回されてたんだ」
「そんな……それでは、いったいどれほどの人々が犠牲になったというのですか?」
ミリーシアが顔を青ざめさせ、手で口元を覆う。
ワイバーンは【伯爵級】の魔物である。カイムのような類まれな強者であればまだしも、多くの人間にとっては不可避の終わりをもたらす死神である。
そんなものが群れを成して現れたとなれば、小国であれば国家存亡の危機になるだろう。
「さあな……俺にはわからねえ。そもそも、道を封鎖しても空を飛んでいるワイバーンには意味がねえからな。奴らに滅ぼされた村がいくつあることやら……」
「…………!」
「それは……どうしたものかな」
ミリーシアが言葉を失い、カイムもまた渋面になる。
カイム達はこのまま街道を進んで、東にいるランスと接触するつもりだった。
しかし、ワイバーンのせいで道が封鎖されているとなれば、大幅な迂回を余儀なくされるだろう。
(強引に突破するか? いや、急がば回れということだし……やはり回り道をした方が良いのか?)
そんなことを考えるカイムであったが……ワイバーンに襲われている地域を避けて通るためには、一つクリアしなければいけない問題がある。
「……カイムさん」
ミリーシアがカイムを振り返り、毅然と見上げる。
「行きましょう。ワイバーンに襲われている人達を助けに……!」
「…………やっぱりかよ」
予想通りの展開に、カイムは肩を落として呆れ返る。
ミリーシアであればそう言うのではないかと、薄々ながら思っていた。
この優しい少女は、苦しんでいる人を見捨てることができるような冷血な人間ではない。
(皇族らしいと言うべきか、あるいは『らしくない』と称するべきなのか?)
カイムはどうしたものかと悩みながら、乱暴に頭を掻くのであった。




