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108.ワイバーン襲来


「いいえ、カイムさん。あれはドラゴンではなくワイバーンです!」


 ミリーシアが馬車から身を乗り出して、空に視線を向ける。


「ワイバーンは『亜竜』と呼ばれるドラゴンの紛い物です。ドラゴンほどの戦闘能力はありませんが、それでも『伯爵級』に指定されている魔物。現れれば、騎士団や冒険者が討伐隊を組むほどの怪物です!」


「ワイバーン……本で読んだことがあるな。そうか、あれがそうなのか……」


 よくよく観察してみると、確かにドラゴンとは微妙に特徴が異なっていた。

 ドラゴンもワイバーンも翼を持ったトカゲのような生き物だったが、ドラゴンが両手両足を有して背中から翼を生やしているのに対して、ワイバーンは蝙蝠のように翼と腕が一体化している。

 サイズも五メートルほどでしかなく、十メートルを超えるとされるドラゴンよりもずっと小さかった。


「とはいえ……普通の人間にとっては十分な化け物だよな。アレ、助けた方が良いんだよな?」


 カイムはワイバーンに追いかけられている馬車に目を向けた。

 馬車に乗った若い男が必死な様子でムチを振っており、馬を走らせて逃げている。

 男が乗った馬車はこちらに向かって逃げてきていた。


「我々は林に隠れているので、このままやり過ごすことができそうだな……とはいえ、あの男はワイバーンのエサになってしまいそうだが」


「カイムさん……」


 レンカの補足を受けて、ミリーシアがカイムのことを見上げてくる。

 懇願するような眼差しが、言外に見知らぬ男を助けて欲しいと訴えかけてきた。


「やれやれ……俺達は一応、追われる身だってわかってるよな?」


「わかっています……ですが、あそこで逃げている人もおそらくは帝国の民です。魔物に殺されそうになっているというのに、見捨てるわけにはいきません」


「……いいけどな。別に大した手間でもあるまいし。すぐに済ませよう」


 真摯な訴えを聞いて、カイムが軽く肩を回しながら林から出る。


「それに……子供の頃から『竜殺し』には憧れていたんだ。ドラゴンじゃなくてワイバーンなのが残念だけど、将来的を見据えたリハーサルとでも思っておこう」


 面倒臭そうにしているものの、実のところ、カイムはワイバーンというドラゴンとよく似た魔物との戦いに気分が高揚していた。

 子供の頃に本で読み、憧れた英雄譚には決まってドラゴンが登場しており、主人公と戦っている。

『竜殺し』は『魔王殺し』に次いで冒険者にとって大きな誉れであり、英雄の条件の一つなのだ。


「おおおおおおおおおっ! 誰かお助けええええええええええっ!」


 そうこうしているうちにも、全速力で馬車が走ってくる。

 馬車を追い回しているワイバーンも近づいてきていて、距離が十分に縮まってきた。


「【飛毒】」


 カイムはワイバーンに指を向けて、紫毒魔法を発動させた。

 指先から射出された毒の弾丸がワイバーンめがけて飛んでいく。


『グルッ!?』


 しかし、すんでのところでワイバーンが気がつき、身をよじって回避した。

 そこで初めてカイムの存在に気がついたらしく、爬虫類によく似た冷たい眼差しを向けてくる。


「へえ……動けるな。さすがは【伯爵級】」


 活きが良いようで何よりである。

 カイムは笑って、地面を蹴って前方に飛び出した。


「へ……!?」


 馬車を運転していた若い男が驚きの声を上げた。

 カイムはそんな男の頭上を飛び越して馬車の屋根を蹴り、ワイバーンに向かって跳躍する。


「グルアッ!」


 ワイバーンが大きな顎を開き、カイムに噛みつこうとした。

 牛馬の肉を骨ごと噛みちぎることができる獰猛な牙がカイムめがけて襲いかかる。


「フッ!」


 迫りくる牙に対して、カイムは両手の五指を曲げて『虎爪』を作る。

 そして、指に圧縮魔力を集中させて大きく腕を振るった。


「【白虎】」


「ギシャアアアアアアアアアアアッ!?」


 カイムの指がワイバーンの牙を叩き折り、口元の肉を大きく抉った。

 ワイバーンが真っ赤な血を撒き散らしながら絶叫する。


「少なくとも、亜竜の牙よりも俺の爪の方が鋭かったようだな。さて……本物のドラゴンにはどこまで通用するかな?」


「キシャアアアアアアアアアアッ!」


「おっと」


 ワイバーンが空中で器用に回転して、尾を叩きつけてくる。

 木の幹のように太い尾がムチのように襲いかかってきた。


「【青龍】」


 だが……そんな太い尻尾が中ほどで切断された。

 カイムの手刀……底に纏わせた刃状の圧縮魔力によって切断されたのである。


「ギイイイイイイイイイイイイイイッ!?」


「岩よりは丈夫なようだが、鱗の硬さも思っていたほどではない。雑魚ではないが強敵とは呼べるレベルではないな」


「ギイイイイイイイイイイイイイイッ!」


「お?」


 顔を抉られ、尻尾を斬り落とされ……ようやく、ワイバーンは目の前にいるのが自分よりも遥かに強力な生き物であることを悟ったらしい。

 両腕の翼を必死に上下させて、カイムに背を向けて逃げ出した。


「妥当な判断だが……少しばかり、逃げる決断が遅かったようだな」


 闘鬼神流の飛行術……【朱雀】で空中に留まりながら、カイムは憐れむように首を振る。


「ギイッ……」


 空を飛んで逃げていたワイバーンが急にふらつき出して、そのまま地面めがけて落下する。

 地面に叩きつけられたワイバーンは口から血痰混じりの泡を吹いており、ピクピクと小刻みに痙攣していた。


「俺の魔力を喰らっておいて、無事に済むわけがないだろうが」


 空中からワイバーンを見下ろして、カイムが冷たくつぶやいた。

『毒の王』であるカイムの魔力は有毒。喰らえば毒によって身体を蝕まれ、命すらも容易に奪い去る。

 むしろ、近距離から毒の魔力を受けながらワイバーンは良く戦った方である。


「身体が大きい分だけ毒が回るのに時間がかかったんだろうな……となれば、ワイバーンの倍以上もあるドラゴンにはますます毒が効きづらいということになる。参考にしておこう」


 哀れなことであるが……カイムにとってワイバーンという亜竜の魔物は、いつかドラゴンと戦う日のための予行練習でしかなかった。

 本気など少しも出してはいないし、技の効き具合を試すために威力をセーブしていたりもする。


「グ……ウ……」


「苦しいだろう。トドメを差してやろう」


 カイムは地上に降り立ち、ワイバーンの頭部めがけて拳を振り下ろす。


 予行練習に付き合ってくれたことへの感謝を込めた殴打により、ワイバーンの頭部は粉々に砕かれたのであった。

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