107.兄を求めて
帝都を脱出したカイム達は、ランスが拠点を構えているという町に向かうべく、街道を東に進んでいった。
アーサーの説得は失敗した。もはや、内乱を阻止することは出来ないだろう。
ならば、せめて好戦的なアーサーではなく、平和主義者のランスを次期皇帝にするべく、合流をはかっているのだ。
「ランスお兄様だったら、きっと帝国を正しい方向へと導いてくれるはずです」
街道を進んでいく道中、ミリーシアがそんなことを口にした。
カイムとミリーシア、レンカ、ティー。そして……孤児院から脱走してきたリコスは、小さな馬車に乗って移動している。
それは途中に寄った農村で購入したものだ。狭くて小さく、目立たない代わりに、全員が乗るためにはギュウギュウに肩を寄せる必要があった。
「随分と買っているんだな、その第二皇子のことを」
「はい、ランス兄様は子供の頃から私のことを認めてくれた数少ない人ですから。アーサーお兄様と違ってよく遊んでくれましたし、勉強も教えてくれました」
ミリーシアが穏やかな表情で次兄について語る。
皇帝の三人の子供……アーサー、ランス、ミリーシアは腹違いの兄妹であり、全員、母親が異なっていた。
ミリーシアの母親は身分があまり高くはなく、おまけにミリーシアが生まれてすぐに命を落としている。
おかげで、ミリーシアは幼い頃は肩身が狭い思いをしており、使用人からも軽く扱われていた。王宮内部に味方は少なく、皇女としての立場は薄氷の上に立つように危ういものだったのである。
「お父様……皇帝陛下は私と距離をとっていましたし、アーサーお兄様は第一皇子としての仕事が忙しくて、ほとんど顔を合わせることがありませんでした。もしもランスお兄様が私に良くしてくれなかったら、私の立場はもっと悪いものになっていたでしょう」
「へえ……慕っているんだな、兄貴のことを」
カイムが複雑そうな表情になる。
カイムにも妹がいたものの、残念ながら良好な関係を築くことができなかった。
もう二度と会うことはないだろうが……今頃、彼女はどこで何をしているだろうか?
「アーサーお兄様を憎んでいるわけではありませんが……やはり、どちらに味方をするかと問われたら、ランスお兄様を選びます。ランスお兄様に仕えているのは平民階級や下級貴族の出身者が多いですが、結束力は強いはずです」
「帝国にある五つの騎士団のうち、最も力が強いのは『金獅子騎士団』ですが、ランス殿下に味方している『青狼騎士団』もまた平民出身者の実力者ぞろいだ。叩き上げだから根性があるし、貴族出身の騎士にも実力は劣っていまい」
ミリーシアに続いて、レンカが補足して説明をする。
「そうか、平民出身者が多いのであれば、俺達も馴染めそうだな」
「どんな人達なのか、楽しみですの」
「…………」
カイムとティーが二人の説明に頷くが、その背中からリコスが顔を出す。
御者台にいるカイムの背中に乗り出して、馬車の進行方向を睨みつけている。
「リコス、何かあったのか?」
「…………」
リコスは無言。
しかし……真っすぐに前方を睨みつける瞳は、何かを警戒しているように見えた。
帝都脱出の際に気がついたことだが、リコスは驚くほどに鼻が利く。
リコスの嗅覚、そして危険を嗅ぎ分ける野生の勘は獣人であるティー以上。肉体的には人間種族だというのに、本物の獣のようだった。
「前から何か来るのか……念のため、道から外れて姿を隠そう」
帝都を脱出してここに至るまでにも、リコスの嗅覚によって追手をやり過ごしたことがあった。
カイム達は街道から外れて林の中に馬車を隠し、茂みに臥せて身体を隠す。
しばらくそうしていると、向かっていた方角が騒がしくなっていく。
馬が駆ける音、車輪が地面を引っかく音。そして、人間の叫び声のようなものが聞こえてきたのである。
「誰か、助けてくれええええええええええええっ!」
「は……?」
やがて、前方にある丘を越えて一台の馬車が走ってきた。
その御者台には若い男の姿があり、必死になって馬を操作している。
そして……わずかに遅れて、馬車を追いかけ回す巨大な影も見えてきた。
「あれは……ドラゴン?」
馬車を追いかけ、こちらに飛んでくるのは全身を黄土色の鱗で武装して両翼をはためかせた巨大なトカゲの姿である。
それは神話や伝説でたびたび登場する最強の魔物……『ドラゴン』の姿と酷似していたのであった。




