幕間 首狩りロズベット
side 首狩りロズベット
「どうやら、失敗してしまったようね……私ともあろう者がみっともないわ」
帝都、大通りから少し外れた路地裏にて、殺し屋である『首狩りロズベット』が唇を尖らせてつぶやいた。
凄腕の殺し屋である彼女にとっては、久しぶりの失敗である。
流石は大陸の覇者であるガーネット帝国の第一皇子。やはり大物が相手となると一筋縄にはいかないようだった。
(それに、まさか彼と再会するだなんて……てっきり敵になるとばかり思っていたけど、共闘するだなんて驚きだわ)
クスリと笑うロズベットの脳裏に浮かぶのは、紫色の髪と瞳を持った青年――カイムである。
街道の途中でカイムと出会い、帝都にやってきてすぐに再会して……ロズベットはカイムとの間に不思議な縁を感じていた。
運命などという色っぽいものではない。
どちらかといえば、悪縁や逆縁と呼ばれるものに近いだろう。
(彼とはいつか殺しあうことになる……初めて会ったときから、そんなふうに思っていたのだけど、まさか彼もアーサー皇子と敵対しているだなんてね)
カイムの顔を思い浮かべると、不思議とロズベットの相貌が緩んで笑みが浮かぶ。
彼が纏っていた甘い匂い……身体が落ち着かなくて、胸の奥が熱くなる不思議な芳香。
危険な香り。それでいてクセになるような匂いだった。
カイムがアーサーの気を引いてくれたおかげで簡単に王城に侵入することができ、あと少しで標的の首を落とせるところだった。
ガウェインとマーリンという『双翼』が傍にいなければ、勝負は決まっていたはず。
(警備も強化されているでしょうし、流石にまた命を狙うのは無理があるでしょうね)
いくらロズベットが優れた殺し屋であったとしても、また城に侵入してアーサーの命を狙うのは無理があった。
(となると……狙いを変えようかしら?)
今回の以来の標的は、厳密に言うとアーサーではない。
アーサー、ランス、ミリーシア……三人のうち二人を殺して欲しいという奇妙なものだった。
無理にアーサーを殺さずとも、他の二人を殺すという手もあるのだ。
皇女ミリーシアは行方知れずでどこにいるとも知れないが、ランスならば居場所は掴めていた。
「先にランスを狙いますか……」
つぶやきながら、「それにしても……」とロズベットは思う。
今回の殺しを頼んできた依頼人は、何が目的なのだろう。
(最初は帝国と敵対している国や勢力が依頼人だと思っていましたが……もしかすると、逆かもしれないわね)
現在、帝国の頂点に立っているはずの皇帝は病で臥せっている。
後継者は定められていないが……第一皇子アーサー、第二皇子ランスが有力な次期皇帝候補とされていた。
(このままだと、二人の間で大きな戦いが起こるでしょう。この依頼人はあえて皇位継承者を殺害することで、争いを止めようとしている……?)
「おい、こっちにいるぞ!」
考え込むロズベットであったが……投げかけられた不躾な声が思考を妨げる。
見れば、槍を手にした兵士がこちらを睨みつけていた。
「殿下の命を狙った女だ! こっちにい……」
兵士は最後まで言い切れなかった。
ロズベットが投げたナイフが兵士の首に突き刺さる。血しぶきの花を散らして、兵士が倒れて動かなくなる。
「まあ……何でも良いわね。依頼人が何を考えているかなんて」
兵士の声を聞きつけたのか、人が路地裏に集まってくる気配がした。
ロズベットは別のナイフを抜いて両手に構え、凶暴に笑う。
「私は殺し屋。殺す相手も理由もどうでも良い。標的も邪魔する相手も、残らず首を切り落とす……ただそれだけのこと」
言いながら、ロズベットは地面を蹴って飛び出す。
いくつかの悲鳴が上がり、鮮血が周囲の建物に飛び散った。
その後、帝都を脱出したロズベットは、奇しくもカイム達が向かったのと同じ方角を目指すことになる。
ランスを殺すため。そして……もう一人の標的を仕留めるため。
彼女が依頼を成し遂げ、殺し屋としての本懐を果たす日もまた刻一刻と近づいてきているのだった。




