幕間 獅子の皇子
side 王城
帝国皇女ミリーシアが帝都に舞い戻り、兄皇子アーサーと対面した。
数ヵ月ぶりに言葉を交わした兄妹であったが、その話し合いの結果は決裂。
二人の間に大きな溝を作り、ミリーシアは仲間……『夫』と呼ぶ男の力を借りて、帝都の外まで脱出した。
「ミリーシアは逃げたか……我が妹ながら見事だ、やってくれるではないか」
「あーあ、逃げちゃったわねえ。まさか空を飛んでくれるとは予想外だわ」
「……不覚」
カイムらが帝都を脱出した一方で、王城ではアーサーと二人の側近が会話をしていた。
執務室の椅子に座り、城に出た被害の確認をしているアーサーの傍には、側近であるマーリンとガウェインが控えている。
「ほお? お前の口から『予想外』という言葉が出るとは思わなかったな。自慢の未来予知が外れたか?」
「私は預言者じゃないわあ。ただ、未来を計算しているだけだから、こういう時もあるわよお」
主の言葉に、マーリンが拗ねたように唇を尖らせた。
『ラプラス』という未来を予知する能力を持っているマーリンであったが、彼女の能力はあらゆる事象を数学的に計算して解を導き出すことにある。
与えられた情報をもとに、もっとも起こる確率の高い未来を予測するだけであり、実際に未来を視てきているわけではなかった。
「『毒の女王』と同じ魔法を使う青年、それに名うての殺し屋『首狩りロズベット』。あまりにも未来予知を乱す『カオス』が介入しすぎているわあ。誰かが狙ってやったんじゃないかと思うくらいにねえ」
「毒使いの青年はミリーシアが連れてきたとして……『首狩り』の雇い主は誰だ? やはりランスか?」
アーサーが考え込む。
この状況でアーサーの命を狙ってきたのだから、やはり政敵であるランスが背後にいると考えるべきだろう。
アーサーの言葉に、ガウェインがピクリと眉を跳ねさせる。
「状況を見るに可能性は高いでしょう……が、個人的な考えとしては、ランス殿下の性格からして暗殺などの手段に出るとは思えませんな」
「さて……それはどうだろう。奴を買いかぶるな、ガウェイン」
アーサーが愉快そうに唇を吊り上げる。
「奴も帝国の男子だ。大人しく見えても、腹の裡に何を飼っているのかわかったものではない。無論、奴以外に我らを脅かす敵がいるという可能性もあるが。最近、山賊や空賊の動きが活発になり、辺境の町では強力なアンデッドが復活したという話も出ているからな」
「……帝国に仇なす敵がいるということですか。新たな皇帝が生まれようとしているこのような時に」
ガウェインが重々しく呻くと、マーリンが愉快そうにケラケラと笑った。
「こんな時だからじゃないかしらあ? 世界の情勢は複雑怪奇。一つの事が動き出せば、ドミノ倒しのように他の事象も一斉に動き出すものよお。アーサー殿下が皇帝になろうとしているからランス殿下やミリーシア殿下が動き出して。彼らの影響によって、本来は存在するはずのない駒が盤上に落ちてきた。アーサー殿下の覇道も先行き不安よねえ」
「フッ……それこそ、望むところではないか」
マーリンの言葉を受けて、アーサーが肉食獣のように牙を剥き出しにする。
「安穏としたゆりかごから真の獅子は生まれない。世界の覇王たる帝国皇帝の誕生には、然るべき地獄が必要であろう。あらゆる敵を喰らいつくし、試練を踏みにじって皇帝となる……我が進むべき道に変わりはない」
アーサーの言葉はまさに覇王の宣言である。
カイムやロズベッドの存在は脅威であったが、自らが皇帝となるための糧であるとみなしていた。
その力強い言葉を受けて、臣下たるマーリンとガウェインも頷いた。
「だったら、『毒』と『首狩り』はさぞや良い試練になるでしょうねえ。心配だわあ、我が主がおかしなものを食べて、お腹を壊さないか」
「……アーサー殿下なれば、如何なる試練も乗り越えられましょう。ゆえに、我らは貴方を主君と認めたのだから」
「覚悟ができているのであれば、良い……マーリン、ガウェイン、直ちに兵に招集をかけて出陣の準備を整えよ」
アーサーは闘志に瞳を燃やして、猛々しい声で吠える。
「そろそろ頃合いだ……ランスを攻め滅ぼす。ミリーシアが奴に与するのであれば、まとめて討つのみ。可愛い弟妹に引導を渡してやろう!」
「「ハッ!」」
アーサーの命令を受けて、二人の側近が動き出す。
皮肉なことではあるが……内乱を止めるためにとったミリーシアの行動がきっかけとなり、アーサーとランスの決戦が早められた。
両雄がぶつかり合う時は、すぐ間近に迫っていたのである。




