98.小さな茶会
「この部屋に帰ってくるのも久しぶりな気がします。空けていたのはほんの一カ月ほどなのに……」
自分の部屋に戻ってきて、ミリーシアが溜息をついた。
ミリーシアの部屋には高級そうな家具や調度品が並べられており、綺麗に片付いている。
留守の間もメイドが掃除は欠かさなかったのだろう。見渡す限り、チリ一つ見当たらなかった。
ミリーシアが部屋の中央に置かれたテーブルについて、カイムに対面の椅子に座るように促してくる。
しばらくすると、控えめなノックがしてメイドがお茶を運んできた。
テーブルに四つのティーカップとクッキーが盛り付けられた皿が置かれる。
「さあさあ、レンカとティーも座ってください。お茶を飲みましょう」
「私は護衛の騎士ですから、テーブルにつくわけにはいきません。どうぞ私のことはお気になさらず」
「もう、また堅苦しいことを言って……立ったままでは話しづらいでしょう? カイム様もそう思いますよね?」
「そうだな。アーサー皇子と話す前に最後の打ち合わせをしておきたいし、さっさと座れよ」
カイムはテーブルを指で叩いて、「いいから座れ」と命令する。
旅の途中は同じテーブルで食事をとったりしていたのに、どうして今さらになって改めているのだ。
もしかすると、城に戻ってきたことで気が張り詰めているのかもしれない。
「お二人がそういうのでしたら、わかりました……」
「ティーも遠慮なく座りますの。帝国に仕えているメイドの手腕……見せてもらいますわ!」
レンカが控えめに椅子に座り、ティーは真剣な眼差しで用意されたティーカップを睨みつける。
ティーは名前の通り、ハルスベルク家の屋敷ではお茶くみの仕事をしていた。
紅茶を淹れる腕もそれなりのもので、自分の腕に絶対の自信を持っていたりする。
「ム……お湯の温度は申し分ないですわ。茶葉をキチンと蒸らしてありますし、なかなかの腕前……! それになにより、この茶葉の深い味わい。白磁のティーカップとのコントラスト。クッキーの甘みもお茶の味を十分に引き立てている……さすがは帝国のメイドですわ。称賛に値しますの!」
ティーが悔しそうな顔をしながら、すでに部屋を出ていったメイドを称賛した。
どうやら、この紅茶はティーの眼鏡にかなったようである。わずかに顔をしかめながらティーカップに口を付けている。
「ただし、茶葉やクッキーなどの素材の良し悪しを除けば、ティーだって負けていませんわ! 同じ条件で勝負すれば、必ずや……!」
「批評はそれくらいにして、これからのことを話そう。無事に王城に到着。これからアーサー皇子と面会だが……最後に確認しておくことはあるか?」
カイムが一同を見回して訊ねた。
「特にありませんわ。ここまで来たからには、覚悟を決めて向かい合うだけです!」
ミリーシアが堂々と宣言する。
彼女もここに至るまでの旅路で逞しくなったものである。
盗賊に捕まったり、空賊に襲われたり……愛する男と巡り合って『女』になったりと、色々な経験をしたので当然といえば当然だろう。
「私も問題ない。話し合いは姫様に任せる」
「ティーもカイム様にお任せしますの。どうぞ好きにしてくださいませ」
レンカとティーも同意する。
どうやら、特に確認するべきことはなさそうだ。
「だったら、結構。それにしても……いよいよ、第一皇子殿に会えるわけだが、兄弟で殺し合いをしているにしては城の様子が随分と穏やかだな。もっと殺伐とした空気になっていると思っていたんだが……?」
現在、この国ではアーサーとランスの二人の皇子の間で内乱が起こりかけている。
しかし、王城は内乱間近とは思えないほどに落ち着いており、争いの前兆となるような殺伐とした空気はなかった。
てっきり、あちこちで殺気立って今にも爆発しそうな空気になっているとばかり思っていたのだが……。
「ここは富国強兵、弱肉強食をかかげる帝国ですからね。さすがに皇族同士の争いは珍しいことですが……戦いそのものは珍しくもありませんよ」
ミリーシアがカイムの疑問に答える。
「帝国は広い領土を有しているため、守るべき国境線も多く抱えています。おまけに占領されている植民地などでも反乱は日常的に起こっています。そのため、戦いを前にしているからといって騒ぐことはないんですよ」
「常在戦場。我らが帝国の強みだな」
レンカが自信満々な様子で胸を張った。
内乱を前にしながら浮足立つ様子がないのは、そういう理由らしい。
さすがは戦士の国。大陸最大の版図をもった大国である。この国にとっては、戦争が日常の一部となっているのだろう。
「なるほどな……見事なものだと褒めるべきか、逆に物騒なんじゃないかと呆れるべきか、難しいところだな」
「獣人よりも野蛮ですわ。帝国人の頭の中には戦いしかないですのね」
ティーがカップをテーブルに並べながら悪態をつく。
レンカがムッとした顔でカップを取り、ティーに苦言を呈する。
「争いを考えていない惰弱な国よりはマシだろう! 帝国が重石となっているおかげで大陸の平和が守られている部分もあるのだ。無礼なことを言わないでもらいたい!」
「私も戦争はいけないことだと思いますけど……それでも、軍事国家である帝国の弱体化は見過ごせません。大陸中が火の海になってしまいますから」
ミリーシアが沈痛な面持ちでカップを手にする。
大陸最大の大国である帝国が内乱で弱体化すれば、あちこちで反乱や戦争が巻き起こるだろう。
帝国の調停によって争いが止まっている地域でも、再び戦火が巻き起こるはず。
そんな未来は許せない。アーサーとランスの争いを止めることができるかに大陸の平和がかかっている。
「それじゃあ、話し合いが上手くいくこと、平和を願って乾杯でもしてみようか? 酒じゃなくて紅茶なのが不満だけど」
カイムがティーカップを掲げた。
ミリーシアとレンカ、ティーも自分のカップを持ち上げる。
「ミリーシアの望む平和があらんことを。兄弟喧嘩は両成敗ってことで」
「「「乾杯」」」
四人が紅茶を掲げて、自分達の目的が果たされることを祈った。
帝国第一皇子アーサー・フォン・ガーネット。
血に飢え、戦いに渇望した帝国の支配者との対面がはじまろうとしていた。




