97.待機時間
第一皇子アーサーに面会を申し入れたミリーシアであったが、さすがにすぐに会うことはできなかった。
アーサーは病床の皇帝に代わって政務を行っており、手が離せないとのことである。いかに妹からの願いであるとはいえ公務を後回しにすることはできないと、侍従を介して伝えられた。
ミリーシアは城にある自室に戻ってきて、そこで面会までの時間を潰すことにした。
「仕方がありませんね……ところで、お父様は息災でしょうか?」
部屋への移動中、ミリーシアが歩きながらフォッシュベルに訊ねた。
ミリーシアの前を歩く老年の執事が振り返ることなく、質問に答える。
「皇帝陛下は変わらず臥せっております。目を覚ます様子はありませんが……すぐにどうとなる様子でもないというのが医師の見立てです」
「そうですか。父に面会は……できないのですよね?」
「……申し訳ございません」
フォッシュベルが申し訳なさそうに言う。
振り返ることはなかったが……口惜しそうな雰囲気が背中から伝わってくる。
「皇帝陛下は何者かに毒を盛られた可能性がありますので、アーサー殿下が陛下との面会を制限しておりまして。顔を合わせることができるのは一部の護衛と侍従、それに医師だけとなっています」
「そうですか……」
ミリーシアが唇を噛みしめた。
面会が制限されているということは、ミリーシアもまた皇帝に毒を盛った容疑者の一人としてカウントされていることになる。
もちろん、彼女がそんなことをしたとは思えないが。
「皇帝陛下が目を覚ませば面会制限を撤回すると思いますが……今のところ、私どもではどうしようもありません」
「貴方のせいではありません。気にしないでください。アーサー兄様の命令では誰も逆らえませんもの。仕方がありませんわ」
「……陛下が臥している以上、最高権力者はアーサー殿下ですから。あの方の命令を無視できるのは皇帝陛下の直属である金獅子騎士団だけです」
金獅子騎士団は帝国が有する五つの軍団の一つであり、選び抜かれたエリート部隊とされていた。一応、レンカも所属はそこだと話していた。
本来は皇帝直属でそれ以外の命令をきくことはないのだが、レンカがミリーシアに従っているように例外もあるようだ。
話をしているうちに目的の場所に到着した。
王宮の奥にある一室。ミリーシアが自室として使っていた部屋である。
「留守中も掃除などの管理は怠っておりません。すぐにメイドにお茶の準備をさせます」
「ありがとう……皆さん、こちらです。どうぞ入ってください」
ミリーシアが後ろを歩いている仲間を部屋の中に招き入れる。
護衛であるレンカはもちろんのこと、カイムとティーも続いて入ろうとしていた。
「お待ちください、ミリーシア殿下! こちらの二人を部屋に入れても良いのですか?」
フォッシュベルが慌てて声を挟んでくる。
「殿下の護衛と思ったのでここまで通しましたが……私室に得体の知れぬ者を入れるなど、さすがに見逃せません。お二人には外で待っていただいた方がよろしいのでは?」
「……本人の前で失礼な言い草だ。もっとも、間違っているとは思わないけどな」
歯に衣着せぬ言葉にカイムは鼻を鳴らす。
カイムの格好はどう見ても平民の冒険者。王宮に入って良い人間には見えない。
ジェイド王国の貴族として生まれはしたものの……今の肩書きは旅人か冒険者でしかないのだから当然である。
「フォッシュベル。カイムさんを悪く言うのはやめてください」
しかし、ミリーシアは瞳を釣り上げて執事を窘める。
「カイムさんはレンカと同じく、私がもっとも信頼している御方です。私の未来の夫となる方に無礼は許しませんよ」
「は……? 未来の夫……?」
予想外の言葉を投げかけられ、フォッシュベルが固まった。
その隙にレンカが部屋の扉を開いて、先に入ったミリーシアが中から手招きをする。
「すぐにメイドがお茶を持ってくるでしょう。皆さん、自分の部屋と思って寛いでいただいても構いませんよ」
「そうさせてもらうか……そういえば、女の部屋に入るのは初めてだな」
「昔、ティーの部屋に入ったことがあるではないですか。忘れたんですか?」
「いや……あそこはお前の部屋じゃなくて使用人部屋では……」
カイムとティーが石になっている執事の横をすり抜け、ミリーシアの私室に入っていった。
「ミリーシア殿下の夫……夫……」
老年の執事は魂が抜けたように呆然と立ちすくんでおり、カイムらを止めることはなかったのである。