楓の焦り
◆エルちゃん視点
「――――――?」
「何ですか、その美味しそうなパンは!?」
目付きの怖いお姉さんが、僕の前でしゃがみながら謎のパンを差し出して来たのです! かえでねーたんやあおいねーたんがくれる食べ物なら信用出来ますが、見ず知らずの人から食べ物を貰うなんて危険だ。
(んぅ……でも、さっき僕の頭を撫で撫でしてくれたし……良い人なのかな?)
「――――――♪」
「なっ……!?」
何と目付きの悪い美人お姉さんが、パンを一口食べてから再び僕に差し出して来たのです!
(これそのまま食べたら、間接キスになるよね?)
僕にはかえでねーたんと言う心に決めた人が居るのだ! ここで間接キスしてしまったら……僕は……
「――――――♪」
「――――――。―――――――――?」
今度は2人のお姉さんが、同時に僕の前にパンを差し出して来ました。しかも、このお姉さん2人ともスカートを履いているせいで、しゃがみこんだと同時におパンツが丸見えなのです! 僕はこう見えても男なのですよ!? そんな無防備な姿でこっちを見ないで下さい! 目のやり場に困ります! 僕は紳士なのです!
「ごくり……白とピンク色……はっ!? 僕は一体何を考えているのだ!」
「――――――?」
「わ、わかりました! た、食べます! 食べますからそんな悲しそうな顔をしないで下さい!」
僕は女性を泣かせる様な趣味は持ち合わせておりません。紳士としてここは僕が大人の対応を見せる時です! 決して僕がこの美味しそうなパンに釣られた訳ではありませんからね!
「ごくり……くんくん……甘い匂いがしゅる」
なんと言うパンなのだろうか……と言うかパンってそんなに色々な種類があったのに驚きです。かえでねーたん達からも色々なパンを貰いましたが、まだまだ僕の知らない未知のパンや食べ物が沢山ありそうです。
「――――――♪」
「え、僕にそのパンくれるのでは無いのですか……?」
僕が伝説の杖を地面に置いてから、両手でパンを受け取ろうとしましたが、目付きの悪いお姉さんがニヤニヤしながらパンを引っ込めてしまいました。そして、再び僕の前にパンを差し出して来たのです!
(な、何なのだ!? このシュチュエーションは何処かで見覚えが……あっ!)
そうだ、家でかえでねーたんやあおいねーたんにたまにされるあれだ。ニヤニヤしながら、僕に意地悪してくるやつだ! 両手で受け取ろうとすると引っ込めて、口で迎えに行くと食べさせてくれるやつ!
(この街に住んでる女性は皆んなそうするのが当たり前なのかな……? いやいや……! そんな事は無い筈だ)
「――――――♪」
「…………!? 何じゃこれは!? おいひぃっ!」
この柔らかなパンに練り込まれている黒い塊。甘くて美味しい……食べた事無い味だ……なんと言うパンなのだろうか。
「この街の食べ物はどれも美味しすぎる……もぐもぐ」
「――――――♪」
「んにゅ……」
僕はお姉さんに頬っぺスリスリ攻撃をされてしまい、ついには抱っこまでされてしまいました。お姉さんは僕を何処かに連れて行こうと歩き始めたのです。
「はっ……そういう事か」
僕は分かってしまった。知らないお姉さん達が僕にこうも優しくしてくれるなどありえません。僕は何て愚かなのだろうか……スラムで生活していた頃に何度かこの罠に引っかかったでは無いか。優しい顔して近付い来る人は、特に細心の注意を払わなければ行けないと言う事に!
(今の僕はエルフ……エルフは奴隷として高値で取り引きされると聞いた事がある。そうか……このお姉さん達はもしかしたら、僕を奴隷にして奴隷商に売り飛ばすに違い無い。今までその可能性がある事を完全に忘れていた……)
かえでねーたんやあおいねーたんは僕の事を暖かく迎えてくれたので信用していますが、この目付きの悪いお姉さんは怪しいです。人を何度も殺めてきたと突然言われてもこのお姉さんなら説得力がある。ふむ……おかしくは無い。
(何処かで脱出して逃げなければ……もぐもぐ)
くそ! 身体が言う事を聞かない! このパンが美味すぎる! 僕が食べ終わるとこのお姉さん、何とまたパンをくれるのです! しかも、このお姉さんの頭撫で撫でが思いの他気持ち良くて、身体がリラックスしてしまう。
「――――――♪」
「な、何じゃこりわ!?」
道の隅に大きな箱が沢山並んでいます。しかも、箱にはボタンが沢山付いておりピカピカと鮮やかに光っています。またしても未知の魔道具なのか!?
「――――――――――――。」
「にゃぬ!? 箱が喋った!?」
「――――――♪」
「え、ボタンを押すのですか? しかし、どれを押したら……」
お姉さんが何やら僕にボタンを押すようにと言っている雰囲気です。しかし、ボタンが沢山あるのでどれを押したら良いのか分かりません。
「ふむ……よし、真ん中を押してみるか」
僕が意を決してボタンを押すと……何と! 飲み物がガタンッと音を立てて落ちて来たのです!
(ボタンを押すだけで飲み物が出て来る……そんな便利な物があるのか……)
「――――――♪」
「ぬっ……これどうやって開けるのだ? ぐぬぬっ……!」
引っ張ても白い蓋が取れません。ポーションが入ってる瓶と同じ要領で空けるのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。お姉さん達が僕をじっーと見ています。
(こ、これくらい僕にだって開けれるもん! てりゃ!)
―――ペットボトルの蓋を開けようとして5分後―――
「ふぇ……何で開かないの……」
エルちゃんが涙目になりながらジュースの蓋を開けれずに佇んでいた。
「――――――♪」
「うそ……この蓋回すんだ……かえでねーたんから貰う時蓋はいつも開いてたから分からなかった……あぁ……恥ずかしい」
「―――――――――?」
エルちゃんは恥ずかしそうに大学生の優花から、炭酸のコーラを受け取る。優花と真奈は息を荒らげ興奮しながら目をハートにして、エルちゃんを暖かい目で見守っていた。
「くんくん……匂いはそこまでしないな。しかし、何だこのシュワシュワの飲み物は……しかも黒い。これ本当に飲めるのかな?」
「――――――♪」
「ヒィッ……!?」
お姉さんがニッコリと笑ってるのですが、目付きが怖いせいなのか暗殺者の様な怖い雰囲気を漂わせています! 心臓に悪い……
「僕はいつだってチャレンジャーなのだ! このシュワシュワの黒い飲み物を飲み切ってやる!」
僕は意を決して黒い飲み物に口を付けた。
「ゲフゲフッ……! ぴゃあっ!? 凄いシュワシュワする、何だこれ!?」
「――――――♡」
「はわっ……!?」
何故お姉さん達は僕を抱っこしたがるのか。僕は為す術なくお姉さん達にされるがままであった。しかも、頬っぺたにもチューされたよ……
◆変態お姉ちゃん・楓視点
――――――お昼休み――――――
「デュフフ……ンフ♡ エルちゃん♡」
「楓先輩……何か悪い物でも食べましたか?」
「ん? 至って普通だよ? 大丈夫♪」
早くお家に帰りたいな。エルちゃん今何してるのかな? もしかしたら、かえでねーたんどこぉ? とか言いながら泣いているのかな? 気になる。非常に気になって仕事に支障が出てしまいそうです。葵ちゃんと一緒に仲良く過ごしてるのかな?
(葵ちゃんが居るから心配無いと思うけど)
パソコンのデスクトップの背景は、お寝んねしているエルちゃん♡ デスクの上の写真立てにもエルちゃん♪ こっちはエルちゃんがお菓子を美味しそうに食べてる愛らしい姿の写真です。私のスマホの待ち受けは葵ちゃんとエルちゃんがイチャイチャしてる至高の一枚です! この一枚で、2人の愛らしい妹を拝めるので色々と捗ります!
「はぁ♡ エルちゃんを抱きたい……チュッチュしたい。葵ちゃんに膝枕して貰いたい」
「楓先輩もそんな表情をするのですね……素敵……ごほんっ。妹への愛が凄まじいですね」
「そりゃ、三度の飯より妹だよ! 葵ちゃんもエルちゃんも私の大切な家族なの♡」
私の妹への愛情は誰にも負けませんから! でも、私が女で良かったです♪ 合法的にエルちゃんや葵ちゃんを抱けるのですから! 一緒にお風呂に入って同じベットで抱き合いながら、お互いの温もりや匂いを感じながら一緒に寝る。うん、良さみが深い!
「溺愛してますね。もしいつか、妹さん達に彼氏とか出来たら、楓先輩どうします?」
「ファッ……!? エルちゃんや葵ちゃんに彼氏!? そ、そんな何処の馬の骨か分からない人に私の大切な妹達は渡さないよ! うん、そんなの駄目……絶対! 私の目の黒いうちは、妹に近寄る羽虫は蹴散らすわよ!」
「は、はい……(娘を溺愛するお父さんみたい……)」
うぅ……私の妹達は可愛いから、有象無象の羽虫共が寄って来るかもしれないわね。エルちゃんもいずれ幼稚園に通わせるつもりで居るので、男の子達がエルちゃんに寄って来るかもしれない。やはり幼稚園、中学、高校は女の子しか居ない学校に通わせようかしら……少しでもエルちゃんの貞操を守る為にも……
「楓先輩!」
「うわっ!? びっくりした……」
「楓先輩……会議の資料に妹さんの写真貼り付けてどうするのですか……」
「え? あ、ホントだ!」
私とした事が……Excelの資料にエルちゃんの写真を添付してしまった……妹の事になるとつい。
「でも、楓先輩の弱点を見つけた様な気がして何だか嬉しいです。普段優秀でクールビューティな楓先輩だからこそ、ギャップが凄いと言いますか」
「私は優秀でもクールビューティでも無いよ。さて、お仕事を進めますかぁ〜」
気持ちを切り替えよう! 後1時間でこの資料とモデルデータのチェックを終わらせてしまいましょうか。
「ん? 珍しい……お仕事中に葵ちゃんから電話掛かって来るなんて」
葵ちゃんから仕事中に電話が掛かって来るのは珍しいですね。何か急ぎの要件があるのかな?
「あ、もしもし〜? 珍しいね、仕事中に掛けて来るなんて」
「お、お姉ちゃんっ!」
「あ、もしかしてパンツの件? 葵ちゃんごめん! 間違えて今日葵ちゃんのパンツ履いてきちゃったの……」
「へ? 私のパンツ? そんなパンツのことはどうでもいいから! 大変なの!」
いつも冷静な葵ちゃんが珍しく取り乱して居ますね。声も震えてどうしたのかな? はっ……! もしかして、葵ちゃんが買ったプリンを私がこっそり食べたのがバレたのかな……
「え、エルちゃんが居ないの! 朝ご飯食べてから一緒に寝てたのだけど、起きたら居なくて!」
「へっ……エルちゃん……が……居ない?」
エルちゃんが居ない……私はあまりにも突発的な出来事により数秒間思考が停止してしまいました。
「あ、葵ちゃん……お、ぉぉお落ち着いて!」
「家の中や庭も探したけど居ないし、周辺も居なくて……」
「い、今から帰るよ! 電話切るね!」
いきなりの出来事で楓は焦っていた。
「ごめん、今日体調不良で早退すると課長に言っといてくれる? エルちゃんが行方不明に……探しに行かなくちゃ」
「えええぇ……!? わ、分かりました。楓先輩!」
一刻も早くエルちゃんを探さないと……エルちゃん一人で街に外に出るのは危険すぎる! もし、知らない人にでも誘拐されたら……
「ありがとう……エルちゃんを必ず見つけるから!」
神様お願い致します……エルちゃんがどうか無事に見つかりますように! 今頃一人寂しく泣いてないかな……怖い思いしてるかな……事故や事件に巻き込まれてたらどうしよう……
次々から不安が津波のように押し寄せて来ます。もしエルちゃんに何かあったら、私はショック死してしまうかもしれない……
(エルちゃん……)
楓はかなり焦っていた。荷物なども全て会社に置き忘れて、ヒールを履きながら全力疾走で家へと向かう。楓の脳裏には幼い金髪の幼女……エルちゃんの笑顔が……
(今からお姉ちゃんが迎えに行くからね)




