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シスタードーナツ

 




 ◆ロスモンティス・葉月透(はづきとおる)視点





「お、フードコート人居ないね。空いてる」

「おお! しすたーどーなちゅ! はづきねーたん! どーなちゅ! いっぱいあるの!」

「エルちゃん、興奮するのは分かるけど、暴れると危ないから……ね?」

「んみゅ!」


 あれからエルちゃんを抱っこしながら、フードコートにやって来たのだが、エルちゃんがもういちいち可愛いんだ! エルちゃんは無意識なのだろうけど、特に自然な上目遣いで僕を見つめるエルちゃんが尊くて死ねる。

 エルちゃんの余りの可愛さにもう僕は内心どれだけ発狂したことやら……傍から見たら冷静に見えるだろうけど、内心では僕の鼓動と心拍数が天高く跳ね上がってる。気が狂いそう……このままドーナツじゃなくて、エルちゃんをテイクアウトしたいレベルだよ。


「さあ、エルちゃん好きな物取って」

「わーい♪ たくしゃんたべるお!」

「お、エルちゃん見てご覧。今シスタードーナツでは苺フェアをやっているみたいだ」

「ふぉおお!? おいちそうなの!」


 エルちゃんが一番美味しそう……ごほん。本当に心臓に悪い子だよエルちゃんは……ドーナツ食べたら、母国へ帰ろう。フィーネやエレナには悪いけど、もう僕は迷わない。ロスモンティスのボスにはその座を退いてもらおう。

 僕には僕のやり方があるんだ。フィーネやエレナもボスの事は良く思ってないのは前々から分かってる。もしかしたら、僕の謀反に手を貸してくれるかもしれない。



「ふぁっ!?」

「エルちゃんどうしたの?」

「お、おねだん……480えん!? き、きぞくのたべものなの」

「ぷっ……貴族だなんて、良くその言葉知ってるね。エルちゃん、何でも良いからね。一番お値段高いやつでも良いよ♪ 好きな物取って」

「んぅ……ほんとぉ?」

「うん♡」


 ドーナツでは安いくらいだよ。本当にエルちゃんには感謝している……凍てついていた僕の心を暖めてくれたのだから。今日から僕は新しく生まれ変わるんだ! はぁ……♡ エルちゃんを家族に迎える事が出来たらどんなに素晴らしい事か。


「これと……あ! くりーむのちょこあるの! はづきねーたん! あれとあれ! これも!」

「エルちゃん、そんなに食べれる?」

「だいじょーぶ! おなかしゅいてるもん!」

「そかそか、エルちゃん。家族の分のお土産も買って行くと良いよ。お家で食べる分も買って良いから」

「はづきねーたん、あいあと! かえでねーたんとあおいねーたんのおみあげ、これするの!」


 気付けばもうトレーが一杯になってしまったね。食いしん坊さんだねエルちゃん♪ 目がキラキラと輝いているよ。

 天真爛漫、鮮美透涼……何のしがらみも裏も無い純粋無垢な笑顔……こちらも胸の奥がホカホカと暖かい。抱いてるとエルちゃんの温もりが伝わって来て、不思議と僕の心が安らぐ。僕の大好きな子猫ちゃんを抱いてる時と同じ感覚かそれ以上の心地良さだ。


「エルちゃんもう良いかな?」

「んみゅ!」

「良し、お会計してあっちで食べよっか」

「はづきねーたん! あいあと! チュッ♡」

「えっ……」

「かえでねーたんにおちえてもらったの! こーゆときは、ほっぺたにチューするの!」



 葉月は驚愕しながらも優しい表情を浮かべて、エルちゃんの身体を愛おしむ様に強く抱きしめた。そこに存在していたのは、裏社会で有名な殺戮者のエメラルダ・クリスティーネでは無く、子猫や子供が好きな心優しいお姉さん……葉月透だったのである。傍から見ると娘と母が他愛無い会話をしながらも一緒に買い物している様なそんなほのぼのとした光景だ。






 ―――――――――





「それでね! かえでねーたんとあおいねーたんはしゅごいんだよ!」

「へぇ〜なるほど。でも、そう言うお話しは外ではしない方が良いと思うよ。お姉さんの名誉もあるだろうし」


 エルちゃんは何でも素直に話しちゃうんだね。お姉さんのプライベートの話しは聞かなかったことにして置こう。お姉さん達の名誉の為にもね。

 しかし、話しを聞く限りだとエルちゃんは本当にお姉さんの事が大好きなんだね。エルちゃんが語るお姉さんは、中々ユニークで眉目秀麗、魅力的で素敵な女性の様だ。しかし、こんな可愛い子から結婚しようと言われたら、楓お姉さんも内心発狂してそうだね。エルちゃんが婚姻届何て持って来たら、僕も笑顔でサインしてしまうかもしれない。



 ―――家族か……羨ましい。



 エルちゃんの家庭は温柔敦厚(おんじゅうとんこう)……暖かさ、思い遣り、優しさ等、僕には手に入れる事が出来なかったもので溢れていそうだね。

 お姉さん達もエルちゃんの事を凄く大切にしていると言うのがエルちゃんの言葉の断片からもひしひしと伝わって来るよ。そんな大切な子を誘拐しようとしていた僕は……何とクズで愚かな人間なんだろうか。


「あ、エルちゃんお口にクリーム付いてるよ」

「んん……ボク、フキフキできゆもん」

「遠慮しなくて良いよ」

「ふにゅ……んん!」

「はい、綺麗なったよ」


 ふふ……そのままエルちゃんのお口に付いたクリームを舐めたかったけど、流石に僕もそこまではしたない真似はしない。エルちゃんのもちもちプルプルな肌を見ると思わず触れてしまいたいと言う衝動に駆られる。しかし、僕の鋼の理性を持ってすればこんな試練……


「あ! はづきねーたん! どーなちゅ、のこちてるの!」

「うん、僕はもうお腹一杯だよ。甘い物そんなに食べれないんだ」

「ふぇ!? も、もったいないの! ボクたべゆ! おのこちするとね、もったいないオバケでゆの!」

「…………」


 勿体ないオバケ……どうやら僕の鋼の理性は、エルちゃんを前にしたら、先程買った豆腐の様に脆い理性だったらしい。

 どんなに辛い試練も乗り越えて来たこの僕が……こうも気持ちを掻き乱されるとはね。何……勿体無いオバケって!? 純粋過ぎる……この様子だとエルちゃんはサンタさんが居るとか本気で信じて居そうだね。


「凄いな〜エルちゃんは物知りさんだ」

「ふふ〜ん♪ はづきねーたん! ボクのでちにしてあげるの!」

「ん? 僕をダシにしてくれるの? それは困るなぁ」

「ち、ちがうの! でち!」

「ふふ……そかそか。じゃあ、エルちゃんは今日から僕のお師匠さんだね」

「んみゅ!」


 駄目だ。思わず笑ってしまいそうだよ……舌っ足らずで噛み噛み言葉で一生懸命に喋るエルちゃんの破壊力は、殺意と悪意の籠った銃弾よりもある意味恐ろしい。

 エルちゃんが戦場に降り立ったら、きっと世界で起きてる戦争や紛争も全て解決しそうな気がする。エルちゃんはそこに居てくれるだけで、周りを幸せにしてくれる様な幸運の女神と言うべきかな? いや、本物の天使なのかもしれない。


「あむ♪ んん〜♡ いちごどーなちゅ、おいちいの♡」

「エルちゃんは本当に美味しそうに食べるね」

「だって、おいちいもん!」

「ふふっ……ゆっくり食べて、喉詰まらせちゃうと危ないから」


 周りを見渡すといつの間にか人が少なくなって来ている。もう昼時なのにフードコートには僕とエルちゃんしか居ない。何だか嫌な予感がする。まさか、もう神楽坂組に勘づかれたのか? 外には僕の部下が守りを固めて居るが、突破されてしまったのかな?


「んぅ? はづきねーたん? だいじょーぶ?」

「うんうん、大丈夫だよ」

「あ! はづきねーたん、しょうえば……おそとは、まかいなの! きょう、たくしゃん……へんなちといたの!」

「ま、魔界? 変な人?」

「んみゅ! こわいおにーしゃんにおいかけられたの! おかね……ねらわれゆ!」


 う、うん……それ、多分僕の部下だよ。まさか、あいつらエルちゃんを捕まえる為に乱暴な手段で手を出して無いよね? 後で問い詰めなくちゃ……ね?


「からだおお〜きな! あたま、はげたちとには、きをつけて! あいちゅ、つよいの!」

「禿げたやつ……ふむふむ。分かったよ」


 ゴンザレスのやつか……エルちゃんに怖い思いをさせたのであれば、後で僕が徹底的に教育をしてあげるとしよう。ゴンザレスは喧嘩は強いけど空気読めないのが残念な所だよ。


「ふふ〜ん♪ でも、ボクいっぱつ、こうげきちたの! これ、でんせつのつえなの!」

「そかそか、エルちゃんは凄いな。そのおもちゃの杖でやり返したんだね」

「ちがうの! でんせちゅのつえ!」

「ふふっ」



 ―――エルちゃんごめんね。そいつらのボスは僕何だよ。



「エルちゃん、実は僕もとっても悪い人何だよ」

「ふぇ……? はづきねーたん、やさしいちとなの。ボクしゅきだよ!」

「そっか……ありがと。エルちゃん」



 ―――ふぅっ……どうやら潮時の様だ。もう少しエルちゃんと一緒に居たかったけど、時は無慈悲で残酷だ。お迎えが来たようだ。



「ボス、見付けました!」

「エルちゃん大丈夫か!? 楓お姉さんと葵お姉さんが心配してるで!」

「ふぁっ!? あやめねーたん!?」



 ここからが本番か……食後の運動に洒落こもうじゃないか。



「まさか……こんな大物と遭遇するとは思いもせえへんかったわ。秘密結社【ロスモンティス】、エメラルダ・クリスティーネ! もう逃げられへんで! 往生せいやぁ!!」

「ふふ……彩芽お姉様、このスーパーホモネコバリューは買収完了しました。人も避難させたので、思う存分暴れて下さい♡」

「あ、あれが……モモネちゃんの妹、エルちゃんですか……可愛い♡」


 神楽坂彩芽、龍崎美玲に九条氷華か。やれやれ、フィーネとエレナは神楽坂組に捕まってしまった様だな。外に待たせていた部下は恐らく全滅。僕一人で神楽坂組を相手にするのは少し荷が重そうだ。

 しかし、極道の数が凄いな。ざっと100……200は超えてるか。フードコートを取り囲むようにして、僕に殺気を向けている。


「ど、どうゆーことなの!? はづきねーたん!?」

「エルちゃん、お迎えの時間だよ」

「ふぇ……!?」


 葉月はエルちゃんを優しく抱き抱えて、神楽坂組の構成員にエルちゃんを預けた。エルちゃんは目を見開きながら、未だ状況を飲み込めないまま唖然としている。


「エルちゃん、ありがとう。楽しかったよ」

「しょ……しょんな」

「またいつか会おう」




 ―――――――――




 さてと、エルちゃんは無事に行った様だね。唐突で強引な別れ方をしてしまったが、エルちゃんとはまた会える気がする。これで良かったんだ……エルちゃんの幸せを奪う権利等、僕には無いからね。


「やれやれ……神楽坂彩芽。どうやら噂通りの豪傑な女性だね」

「今までに無い強者やな……【ロスモンティス】エメラルダ・クリスティーネ。目的は何や?」

「目的……言うと思う? 神楽坂彩芽、僕の部下はどうしてる?」

「剛田、ここにあいつらを連れて来い」

「へい! 姐さん!」


 凄まじい殺気だ。戦わずとも分かる。神楽坂彩芽……この女は化け物の中の化け物だ。例えるなら、まるで飢えた獰猛な猛虎。ふぅ……最近運動不足気味だったから丁度良い。たまには激しく身体を動かさないと訛ってしまうからね……


「おら! さっさと歩け!」

「葉月お姉様! 申し訳御座いません!」

「葉月様、面目無いです……」

「フィーネ、エレナ。神楽坂組相手に良くやってくれた。後は僕がこの状況をひっくり返そう」



 裏社会で有名な海外マフィア【ロスモンティス】最強の執行者 、葉月透こと……エメラルダ・クリスティーネは、先程エルちゃんと接していた穏やかな表情から一変し、殺気に満ちた暗殺者特有の暗い表情へと変わった。その視線だけで、人を殺せそうな程のオーラを放っている。


「姐さん、俺らにやらせてくだせぇ」

「必ずや敵を仕留めて見せます!」

剛田(ごうだ)煌坂(きらさか)、油断するなよ」


 神楽坂組、不死身の剛田と早撃ちの煌坂か。まあ、誰が相手だろうと僕を止めることは出来ない。ロスモンティス最強の執行者の実力……その身に絶望と恐怖を刻んでやろう!


「覚悟しろや! 俺は女だからと言って手加減しねーぞ!! オラァァァアアアアア!!!」


 剛田がクリス目掛けて突っ込むが、クリスは余裕の表情で横に回避し、剛田の脇腹に渾身の回し蹴りを放つ。剛田はシスタードーナツの店にその巨体をめり込ませるのであった。


「ガハッ……!?」

「品が無い、単調な動き、ただのゴリラかな? まずは1人」

「剛田! クソ! これでも喰らえや!!!」

「遅いね……」


 煌坂がこっそりと懐に潜ませていた銃を撃ち二丁拳銃で複数撃つが、葉月は何と煌坂が撃った銃弾を全て掴んで止めたのである。


「僕に銃弾は効かない。これは僕からの囁かなプレゼントだ。クリスマスも近いだろう? 受け取ってくれると嬉しいね」

「うぐっ……!?」

「煌坂!!」

「姐さん……不覚を取った。すまねぇ」


 葉月が指で弾いた銃弾は、煌坂の脇腹に命中し煌坂は苦虫を噛み潰したような表情で膝を付いた。


「ば、化け物か!? くそ、野郎共かかれぇ!!」

「剛田の兄貴と煌坂の兄貴の敵討ちや!!!」

「馬鹿! お前ら早まるな! てめぇらがいくら束になってかかってもあいつは倒せねぇ……ここはあたいが殺る」

「姐さん……」

「全員手を出すな。美玲も氷華も後方へ下がれ」


 ほう、神楽坂彩芽は一騎打ちがご所望か。搦手や策を弄する事無く、真正面から僕と正々堂々と戦うんだ。神楽坂彩芽……もし出会い方が違えば、戦友になれたかもしれない。愚直に真っ直ぐと突っ込んで来るタイプは、嫌いじゃない。


「神楽坂彩芽……人身売買と麻薬の拠点を潰してくれてありがとう。会ったら礼を言いたいと思っていたんだ」

「はぁ? ど、どういう事やねん……」

「ふふっ……今日の僕は一味違う。もう迷わない……神楽坂彩芽、覚悟するが良い」

「望む所や!!!」



 ―――葉月はコートを脱ぎ捨て、刹那の速さで彩芽の間合いに入り脇腹目掛けて回し蹴りを放つ。対する彩芽は両手で葉月の回し蹴りを受け止める。

その2人の攻防でフードコートの椅子や机が衝撃で吹き飛び、周りの設備までもが壊れる程の威力だ。


「あっぶねえ……早いだけでは無く、威力もやべぇな。こな強い奴と相見えるのは初めてや」

「ムエタイ……僕の暗殺術の根底はムエタイとへーベンバルツ式、軍隊古武術を組み合わせたオリジナルだ。僕の足は岩をも砕く諸刃の剣」

「ふん、ムニエルだか何だか知らんが……あたいが全て打ち砕いてやんよ!!!」



 葉月と彩芽の戦闘が本格的に増して行く中、突如戦場に小さな天使ちゃんが現れるのであった。



「はづきねーたん! あやめねーたん! けんかは……メッなの!!!」

「え、エルちゃん!? 何で戻って来てるんや!?」

「エルちゃん……止めないでくれ。これは僕と神楽坂彩芽の真剣勝負だ」

「むむ! はづきねたーん! あやめねーたん! そこにせいざするの!!!」


 神楽坂組の構成員の腕から抜け出して、エルちゃんは再びフードコートへと戻って来たのだ。エルちゃんは頬を膨らませながらもプンプンと怒っている。その小さな乱入者に周りの極道達も何故か困惑と暖かい目線でエルちゃんの事を見守っていたのである。




 ――――――「「えっ……エルちゃん?」」




 葉月と彩芽は驚いた様な表情を浮かべつつもエルちゃんを前に一時停戦を余儀なくすることになった。


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