5.帰還通知
大規模流星魔術から一週間。
大渓谷は魔物の一匹も出て来ないほど静まり返っていた。
空気も澄んでいるし、これは一体どう言う事だろうかと誰もが疑問を抱く。
そして更に一週間後。
宮廷魔導師達が調査に訪れる。
そこで発表されたのは、一〜二か月は魔物の出現は無いだろうと言う事だった。
そしてこれを魔女による大規模浄化と位置付けると、リューシャちゃんはすぐさま帝都からユヴァーリ領に連れ戻され魔女に列せられた。
アルマさんのスフレチーズケーキ食べられたかな?
食べられたと良いな。
「噂だと流星魔術の魔導師さんは、以前は計測できた魔力値が、今ではもう計測不可能な状態になってしまっているそうですよ。」
「計測不可能・・・覚醒ってヤツでしょうか。」
「しかも引き金がチーズケーキって凄いですね。お手柄でしたね、ヴィーさん。」
レオンハルトさんはキルシュに似た果実をカリカリと齧りながら、リューシャちゃんの現状を教えてくれた。
そしてそのエイスローラというカルデア北部特産の実を沢山分けてくれた。
アセロラとアメリカンチェリーの中間の様な味がする実は、とてもさっぱりとして美味しかった。
「とても美味しいですね。疲れも取れそうな味だし。」
「いやぁ〜、故郷の特産品を褒められると嬉しいもんですね。」
にっこり微笑まれつつその顔には少しの照れがあった。
「あの、よかったら、プチーツァに固有魔力登録をしてもらえませんか?」
・・・おっと、これはイケナイのですわ。
うっかりトキメキを感じてしまう所でしたのよ!
イケメンに距離を詰められ、そんな学園生っぽい初々しい遣り取りが自分の身に起こってしまって、驚きまくってしまっただけの事ですわよ・・・!
伝言鳥のプチーツァは便利な音声メール的な役目をもつ小さな鳥の魔獣なんだけど、学園に通ってた頃でさえ登録してくれた人は居なかった・・・ぼっち辛いです。
「よ、よろしければ是非!」
わたくしだって、わかってますのよ。これは同じ部隊で戦った戦友と言う意味だもんね!
いやぁ、改めてイケメンって凄いわ。
さらっとSNS登録しようぜ的に言えるのだから。
「ピッピちゃん、しっかり覚えて下さいましね。」
魔石を与え、魔力ラインから登録する為の命令式を流し込む。
何故かレオンハルトさんが笑っていたけど、何でですの?
「プチーツァに名前つける人、初めて見ましたよ。」
「えっ、名前付けないんですか?」
普通は名前を付けないと聞き、プチーツァは前世で言うケータイ的な物なのだという事を思い出す。
スマホに名前つける様なもんだよね。
ふう、ペット感覚で名前をつけてしまったけど良いのですわ。ピッピちゃん可愛いのですもの!
それから3日後、警戒の為の巡回業務を終えた私に帰還通知が届いた。
***
帰還許可が出たと言うヴィーに挨拶をしようとその姿を探すが、彼女を見つけたレオンハルトは声を掛けるのを躊躇う。
草原で膝を突き両手を組み祈るその姿は、暖かい日の光に包まれる太陽の女神ソレーユの絵画を思わせた。
その美しさは息をする事すら忘れてしまう程だった。
そして、ここで亡くなった仲間達へ祈りを捧げている事が分かると、レオンハルトもまた亡くなった者たちへ祈る様に騎士の礼をとった。
初めて見かけた時は、明るい雰囲気を纏う魔術師。
だが次に会った時は、最初の印象が信じられなくなる程に悲壮な顔をしていた。
大災害では誰もが経験する仲間を失う哀しみだが、比較的魔物の少ない領地出身者は仲間の死に慣れていない為、かなり堪えるだろう。
中級魔術師と聞いていた彼女は、この短期間で上級魔術師となり、最後には魔導師級の魔術を扱っていた。
あの激戦区で生き残った彼女の努力は、同じ部隊の仲間以外の者にもしっかりと見えていた。
危険な殿部隊にいち早く志願した事もそうだ。
だから応援したくなるのだ。と、レオンハルトは思う。
所属する隊は違うが、何度も戦場で出会った。
一見地味な少女だが、何故か目を惹く所があった。
必死に生きようと足掻き、強くなる為の努力を欠かさない。多分そんな所も好ましかった。
レオンハルトが彼女を担いで草原へ帰還したその時、ヴィーや自分を労う者達の更に向こう側。
そこから寒気がする程の視線を感じた。
そこに居たのはフォルトーナの聖女ルナリア。
何故ヴィーを睨んでいるのか分からず、その視線から彼女を守ろうと咄嗟に彼女を持ち上げ、掲げた。
そのお馴染みの合図で皆が駆け寄って来ると胴上げが始まり、目立ちはするが悪意ある視線から守ることは出来たと一安心した。
その後調べてみると、ヴィーの本名がヴァイオレット・フォルトーナである事が分かってしまった。
かの伯爵家の長女カトレアは、自分達に馴染み深いカルデア大公家の長男アルブレヒトの元婚約者でもあった。
しかも憎しみの籠もった視線の主でもある聖女ルナリアの妹でもある。
カトレア嬢のあの散財癖を助長していたのもルナリア嬢だったと聞く。
パストーリといい、フォルトーナといい、聖女の居る所には不幸が起こりやすいのだとレオンハルトは思い出す。
中でもパストーリ領は最悪だ。
カルデア領の特務機関によって齎された情報は悲惨な物だった。
パストーリの聖女ロザリーが魔眼を持つ姉の眼を抉り取り、我が物としようとした事件があったが、実際に移植まで及んだとも聞く。
しかもそれをパストーリ伯爵自ら隠蔽しているし、その事件以降は長女であるエルフリーデ嬢には一切使用人を与えなかったと言う。
そんな悍ましい聖女達の所業を鑑みて、あの清廉なヴィーがどんな仕打ちを受けたのか考えただけでも怒りが沸いた。
「あれ?レオンハルトさんも追悼の祈りを?」
「ええ、まぁそうですね。」
フォルトーナ領に帰るのだろうか?と気になり、聞いてみると返って来た答えはレオンハルトにとって安心出来るものだった。
「帝都にお世話になった人達が居るので、恩を返したいと思っています。」
なので帝都に戻ったら直ぐに就活を始めるのだと意気込んでいた。
「では、就職活動の成功を祈ります。良ければ此方を受け取ってください。」
そっと渡したのはホーンラビットの魔石だった。
病気を祓い健康を願う御守魔石でもあるが、小国群のある地方では良縁の御守り、若しくは恋人に贈る物として人気の魔石だった。
「ありがとう御座います!しっかり健康に気を使って就活に励みますね!」
レオンハルト自身も彼女への想いが、戦友としての友情なのか恋心なのかよく分かっていなかったが、贈るならその魔石だと何となく思いついた。
小国群の文化を詳しくは知らない彼らは、勿論その意味に気付く事は無かったが、出会いの記念にはなった様だった。
その後レオンハルトは大渓谷に残り、小規模だが再び噴出が再開すると、主に魔導師達の護衛役を進んで買って出る様になった。
いつかまた出会えたなら、その時はもっと強くなっているだろう彼女と共に戦える様に。
この大渓谷で討伐と鍛錬を続けた。