4.戦地Ⅱ
あれから何日経ったろう。
魔術師や騎士、そして兵士たちの再編が幾度と無く行われた。
そして帝都や各領地から補充の人員が次々と送り込まれてくる。
私はと言うと、臨時で上級魔術師に繰り上げされた。
だから、より危険な森の中へと担当区域が変わってしまった。
仲良くなれた兵士や騎士。そして仲間の魔術師はもう残っていない。
聖女の癒しさえ間に合わず、皆死んでいった。
自分も治癒術を学んでいれば。
そんな後悔をすると共に、こんな状況下でも比較的安全な救護所のある区画で、縄張り争いをする聖女達を見て思う。
神殿規定に則り光の癒しに拘って、応急処置しかしない無能な聖女。
聖女の癒しは神々と同じく光によって行われる物とか言うクソッタレな規定の所為で。
確かに応急処置としては術効範囲も広く優秀な魔術だと思う。
でも、光属性に拘って水属性治癒術を使いたがらない。
上位の水属性治癒術は欠損部位さえ回復させると言うのに。
しかも聖女達は助ける者を選り好みしていると来た。
そして、その中に自分の姉がいる事が心疾しくてしょうがなかった。
「ヴィー、大丈夫?顔色が悪いわ。少し休息を取りなさい。」
配属になった部隊の教導官が声を掛けてくれるが、休む気になんてなれない。
それに、私より顔色の悪い魔導師が居る。
まだあどけない顔をした、十四歳になったばかりの少女だ。
「私より、リューシャさんを休ませてあげて下さい。」
私は必死に訴えるも、彼女はユヴァーリ領の魔導師なのだから、このまま戦闘を続けても問題ないと皆が言う。
確かに、ユヴァーリ領の魔導師達が特別強いと言うのは分かる。
でも、まだ少女でしかない彼女には過酷すぎるのではないだろうか。
私も今生では16歳だけど、中身は三十路。
どう考えてもメンタルの強さが違うでしょ。
***
激戦区での短い休息。
今日初めてリューシャちゃんと同じ時間に休息を取る事になり、今までずっと彼女を庇えなかった事を詫びた。
少女は咽せながら懸命に配給食をかじり、水を目一杯飲む。
そして、私が謝る事はないのだと言う。
「お腹が空いてるだけなの。」
そう言うとまたケホケホと咽せた。
少女の強がりなのかと思ったが、話している内に何だかそれも違う様な気がして来た。
試しに干し肉を与えて見ると嬉しそうにもぐもぐと食べ始める。しかも少し顔色が良くなって来た。
「マジックストレージ内の予備食を全部食べちゃって。しかも配給食粉っぽいしパッサパサであんまり美味しくないから、元気が出ないだけなの。」
自業自得過ぎて心配して損をした気分になるが、何故か笑えた。
表情筋を使ったのも、いつ振りなんだろうか。
とにかく笑い続けた後、小さな意趣返しをする事にした。
「そうだね、美味しいもの食べたいよね。」
「うん、今は干し肉だけが癒しだよ。ヴィーちゃん、分けてくれてありがとね。」
「リューシャちゃん、今ね。帝都の南区域の下町で凄く美味しいケーキが流行り出しているの。」
そう言った途端、光を失った様だった彼女の瞳が急速に輝きを取り戻した様な気がした。
「ふんわりスフレのチーズケーキって言うの。発祥は、喫茶店クローリク。甘く優しくチーズが香って、食感はふわふわでしゅわしゅわ。本家はカラメル風味で特に美味しいのよ。」
帝都で流行り出したのは本当だ。
追加人員の女性の弓兵さんや女性騎士さんが教えてくれた。
レシピは広めても良いと言って来たので、アルマさん達が広めてくれたのだろう。
何だか誇らしい気持ちにもなったが、その事を教えてくれた人達が皆戦死してしまった事を思い出す。
そして、それが切っ掛けで他人との交流を持たなくなった。
瀕死なら助かる見込みが有るのだけど、流石に魔物に食い殺されたら助けようがない。
細切れにされたら助けようがない。
聖女の光の癒しさえ受けられなかった者達は皆死ぬしか無いのだ。
しかも人を喰った魔物は力を増す。それが更に被害を拡大させて行った。
もっと力があれば良いのに。
あの自称女神の力が少しでも残っていてくれたら。
この大災害を鎮める力が私にもあれば・・・
そんな事ばかり考える様になったが、森の中は草原と比べると更に過酷だった。
救いは、配置されている人員の多くが魔物被害の多い領の出身者で、強者揃いだった事だろう。
何だか場違いだなと自分でも思うが、どうやら私はしぶといらしく、まだ死ぬ気配はなかった。
***
あの日以来、リューシャちゃんは少し悩んでいる様だったが前より元気になって来た。
ちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、彼女が少しでも元気になってくれて嬉しかった。
そして、早く帝都に行ってふんわりスフレのチーズケーキを食べたいと口癖の様に言う。
見た目も幼さが残るが、言動が子供そのもの。
だが強くて魔術面では頼りになる。
流石、有人領中最悪の魔物出現率のユヴァーリ領の魔導師だ。
そして、彼女が魔女の娘だと知ったのは、夕焼け空に一筋の流星を齎した時だった。
早く帝都に行き、スフレチーズケーキを食べたいが為に生み出された流星の魔術・・・。
なんだか悩んでると思ったらそれか!
食いしん坊もここまで来るとアレよね・・・。
その後直ぐに統括指揮官のストーメア卿に直談判しに行った。
彼女の考えた大規模魔術が、この最悪な状況の打開策になると信じて隊の皆で一生懸命お願いした。
だから前線を下げる為の撤退の際には殿にと申し出た。
日が暮れ、彼女が護衛の竜騎士と共に空へ上がると、私達も最大限魔物を食い止める。
高価なので自分では用意出来なかった魔力回復ポーションを沢山の人から分けて貰ったけど、それももう飲み切ってしまった。
後どの位魔術を発動させられるだろう。
「この作戦はヴィーさんのおかげですよ。」
「ほんと、それな!」
激戦の中でも軽口を叩くのはカルデア領軍の魔術騎士二人組だ。
危険な殿部隊に参加してくれた、数少ない有志達でも有る。
どんな最悪な状況下でも常に明るいのは、それだけ彼らの護るべき領地が過酷な場所だという事だろう。
森に移動になってから、何時も私を気遣ってくれた彼ら。
撤退ラインまで一緒に帰還したいと心から思った。
「大規模魔術発動します!5秒間だけ護衛お願いします!」
「おう!任せろ!」
ーー水よ集え。
頭の中で細かい矢をイメージすると、現実でも大量の水矢が浮かび上がる。
そして扱いきれる魔力を限界まで操作する。
「ヴァダーストリェータ!!」
多分今までの自分の魔術の規模では一番大きな物になった。
そしてこの一撃で大量の魔物を討伐する事ができ、殿部隊の撤退のチャンスが出来た。
これなら魔導師試験受かりそう。
と、魔力切れでふわふわした頭で考えていると、空から大量の流星が谷に降り注ぎ始めた。
時間を置いてやって来た衝撃波に吹っ飛ばされてしまうがカルデア領軍の騎士に上手くキャッチされ、そのまま肩に担がれると、急いで後退した。
「すみません、レオンハルトさん。」
「気にしないで下さい。ヴィーさんが一番の功労者なのだから、もっとこう大事に扱いたいんですが、状況が状況なので!」
リューシャちゃんに閃きを与えた事になっている私は、スフレチーズケーキの話をしただけで功労者と呼ばれる様になってしまった。
確かに、アルマさん作のスフレチーズケーキはカラメルも香る逸品だけど、良いのかそれで。
これってアレよね?
漫画とかアニメだったら、キャラクターが覚醒するカッコいい件がある筈だよね?
ケーキを早く食べたいってなによ。
早く従軍期間を終わらせる為に編み出した魔術にしては規模がおかしすぎですのよ!?
ほんと、笑えて笑えてしょうがない。
担がれながら見る空には眩しい程輝く流星群。
美しい空と、地獄の様な有様の谷の対比がなんとも小気味良い。
「魔素と瘴気が大分減ってますね。」
「本当。空気が澄んでる・・・」
「ま、衝撃波と轟音凄いですけどね。空はロマンチック、大渓谷は地獄の釜みたいに青く赤く燃えてますよ。ざまあ!と谷に向かって叫びたい気分です。」
相変わらずカルデアの騎士は・・・
取り敢えず何がなんでも笑いに変えないと生きていけない病気かなにかなんだろうか。
その後ようやく最終防衛ラインである草原付近に到着すると、そこに居る人々の歓声が鳴り止まない。
流星への歓声と、殿部隊の最後の人員である私達への労いの言葉。
そして担がれたままの情け無い姿の私・・・
「およよ。わたくし無様な有り様ですが、魔力切れしてるのですわ。ここはひとつ、大目に見てくださいましね。」
レオンハルトさんにだけ聞こえる様に、おかしな令嬢言葉を小声で言うと、ブフォっと吹き出した。
そして肩に担いだ私をぐるっと器用に位置替えし、お姫様抱っこ状態にした後・・・私をバーベルの様に掲げた。
すると兵士も騎士も魔術師も、更には魔導師達まで走り寄って来て・・・胴上げされた。
わっしょいわっしょいですわね・・・
なんだこのテンション。みんなおかしくなってる。
夜空には流星。地上では胴上げ。
カオスなラストを迎えた所で、私の黒の大渓谷の討伐戦役は終了した。