14.襲撃
化粧品やお店の準備も整うと“メルキュールドパルファン”の化粧品部門である、“カリーティカ”帝都一号店の出店を記念したレセプションが行われた。
この、ヴィルヘルミナ様とヒルデガルド様母子プロデュースのお洒落で豪華な夜会には、何故か皇妃様までいらっしゃっておりまして、流石に緊張で産まれたての子鹿を超える勢いでガックンガックンでしたのよ・・・
しかも対立候補同士のトップスリー皇子三人衆が仲良く現れるし、護衛の騎士は近衛だし・・・
気軽な出店お祝い会と聞いていましたのにぃ!!
でも、ヴィルヘルミナ様も楽しそうだったし、私も楽しかった。
お料理も美味しいし、普段あまり会えないジーク姉様もお祝いに来てくれたのはとても嬉しかった。
夜会用ドレスのジーク姉様の美しさと言ったら、正に女神。尊いのですわ。
だけど、流石に今日は挨拶疲れもあった。
ハーゲンドルフ侯爵家の、継承権200番代の皇子が、よく分からない自慢話を延々とした後、婚約してやっても良いぞ。とか言ってくるし・・・。
なにこの拷問・・・と思っていれば、今度はツィーゲの聖女マルティネさんの襲来ですのよ・・・
私に絡むと言うよりジーク姉様に絡んで行くので大変でしたの・・・。
まあね、貴族社会ですし、こんな事もよくあるのです。
この位は許容できる。
基本的には楽しい一号店のオープン記念の夜会でしたので。
でもね、でもね!
一番の問題は今現在なのですわ・・・
だって、わたくしとジーク姉様が乗るこの帰りの馬車がめっちゃ囲まれてるんですの。
何にって?そりゃ刺客ですわよ!!刺客!!
モルゲンシュテルン家の紋章がババーンと入ってる馬車に襲撃ですのよ!
もうこれ私じゃないー?今日は私じゃない?
そう思ってたら、やっぱり賊は私を差し出せば他の者には手を出さないと、三下っぽい台詞を吐きまくってる。
「カミラさん、何人程居りますか?」
怖がりもせず、いつものおっとりのほほんとしたままのジーク姉様がカミラさんに問う。
で、私は察する。多分姉様は出るつもりだと。
カミラさんがそれを察せないのはしょうがな過ぎるんですの!
「三十人程かと。恐らくは魔術師も居りますので、私が出ましたら、警邏に知らせる信号魔術弾を撃ってください。」
「いえ、その必要はございません。貴女が護るのはヴィーのみで結構。馬車内での警護をお願いします。」
「あっ!ちょっと姉様!」
呼び止めるが馬車から飛び出す姉様・・・
カミラさんも私も、その素早い動作に止める事も出来なかった。
しかも姉様ったら、しっかり自分で信号弾撃ってるし。
「一応、御者さんと他の護衛騎士が心配なので結界の強化だけしておきますね。」
そして、ジーク姉様を追って今にも飛び出して行きそうなカミラさんの腕をしっかり掴んでおく。
「お離し下さい!ヴィー様は姉上殿をお見捨てになるのですか!?」
見損なったと言いたげな顔をしていますが、しょうがないのです。
「カミラさん、ジーク姉様を倒せる人間なんて片手で数える程度だと思います。魔女や三騎士でも出てこない限り、敵が三十人程度じゃね。それに敵に魔術師が居ても・・・きっと外は今頃・・・。」
って、ほらぁ!
話してる傍から外が静かになっちゃったじゃないのぉ!
「えっと・・・ヴィー様?あんなにあった気配が・・・これは一体?」
カミラさんが問いかけた瞬間、馬車のドアが開く。
勿論開けたのはジーク姉様だが、ドレスや髪には乱れがない。
返り血の一滴すら浴びて居ないその姿は、まるで何事も無かったかのようだ。
「姉様!お疲れ様でした。そして有難うございます!」
「いいのよ。偶に身体を動かさないと鈍ってしまうもの。」
とっても可憐で美しいジーク姉様が、いつもの様にふわりと微笑む。
そしてカミラさんは、ジーク姉様に一礼すると警戒のため外に出た。
「カミラさんが心配してましたよ?」
「あら、ヴィーは心配してくれなかったの?」
そう言って悪戯っぽく笑むジーク姉様は本当に美しい。ずっと眺めて居たいと思う程に!
「私は心配などしません。だって姉様は強いですから。」
「ふふ、有難う。」
嬉しそうに頭を撫でてくれる姉様は美し尊い。
ひたすらに尊いのですわ!
そして至福の姉妹イチャイチャタイムを有難うございます!姉妹って本当に良いものですわね。
正直に言えば、ジーク姉様の襲撃頻度は多い。モルゲンシュテルン家の養女になった頃から特に増えたそうで、聖女認定の後はさらに増えたと言う。
一度だけ、一緒にいる時に遭遇した事がある。
あの日の刺客達は、自分達が倒された事に気づく余裕もなく昏倒させられていた。
不殺は強者の特権。
それを知ったのもあの日だった。
鞘入りの剣で殴打され、意識を失った後はお縄でガッチガチなのですわ。
「も、戻りました・・・。その、ジークリンデ様、ヴィー様。差し出がましい事を申し上げました。」
「気にしないで、カミラさん。寧ろ私こそ貴女の職域に割り込んでしまって、ごめんなさいね。」
「いえ、滅相もございません!それに、外を見て・・・出来る事なら私もジークリンデ様の剣技を拝見したかったと思ってしまいました・・・。」
モルゲンシュテルン家の護衛騎士達はジーク姉様の邪魔をしないで、縄縛りの時だけのお手伝いと弁えてしまってますしね・・・。
護衛というか、ほぼ縄係さんです。
そして、カミラさんの言葉に喜んだ姉様は、警邏隊を待つ間に剣術談義を始めていた。
今日のカミラさんは護衛に専念したいと、いつもの少年風の騎士姿。メイクのせいで少し美少年風だが。
そしてジーク姉様はいつも通り、可憐で美しくか弱い令嬢を思わせる。
この二人が談笑する姿はとても絵になる。絵になりすぎる!
性別は逆だけど!
この尊い光景を目に焼き付けていると、警邏隊の騎士達がやって来て、縄で縛られた襲撃犯達を護送用馬車に詰め込んで行く。
因みに、襲撃犯の彼等がこの後どうなるかと言うと、魔石鉱山で働く貴重な労働力となるのです。
帝国は意外と死罪が少ないんですのよ?殺人未遂では滅多に死罪にはなりませんの。皇族を狙った場合を除いては。
そうそう。例えば、人身売買なんかは死罪ですわね。
後は魔物の密輸。国外に出そうとしたら即執行されるそうですの。
まぁ、そんなお馬鹿な事する者はこの時代には居りませんのよ。
***
モルゲンシュテルン家のお屋敷に着くと、カミラさんは護衛を交代してカルデア家のお屋敷に戻って行く。
そして今日は養父様も宮殿から戻られていた様で、お着替えした後は家族水入らずのお時間です!
三人でのんびりお茶を楽しむ時間はとても心地の良いものなのですわ。
それに、このお屋敷の侍女長さんが入れてくれるお茶は本当に絶品なのです。
何杯でもイケるのです!
そんな中、パーヴェル父様がそっと書類を出す。
「隠蔽されてしまった故、この程度だが見ておくとよい。」
「はい。では拝見いたしまブッフォ!!?」
ハーブティーを飲む前で良かったのですわ!でなければ盛大にお茶ミストを振り撒くところでしたの!
「この時代にまさかこんな、こんなっ!!」
「ヴィー、大丈夫?」
そう、我が捨て去りし故郷フォルトーナは、禁止された人身売買と・・・
戦火の絶えない小国群地方の国、サルディス王国に魔物の密輸を行っていたのです。
「カルナク王国とサルディス王国の戦の際に兵器として投入されたそうだが、両軍共に被害甚大であったそうだ。」
「ああ、もう・・・縁が切れたと言っても、恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがありません。」
私が震えながらそう言うと、ジーク姉様が背中を撫でてくれる。
本当に本当に優しい今の姉様ですが、DV名人の実の姉の方はきっとコレを知ってるだろう。
「魔物の件は、神殿と教会が主導した取引だった様だ。つまり聖女ルナリアが直接関わっていたと思われる。」
知ってるどころか主導してた側ー!
あの人自分は超絶賢いとか言ってたけどとんでもないお馬鹿でしたの!
「今では人身売買も魔物売買も隠蔽し手を引いている。断罪には、いささか証拠不足だ。力及ばぬ父ですまぬ。」
「お父様、とんでもありません!不正の一端を見つけただけでも十分です。きっと、これはこの先役立つ筈です。」
そこで、ジーク姉様が何故か挙手する。
でも、その動作がとてもカワユイのですわ。もう一回観たいのですわ。
「お父様、その件を今は隠蔽なさって下さいませ。私に良い策が御座います。」
ジーク姉様曰く、それについて追求するより歩み寄る姿勢をチラ見せしておいて欲しいと言う。
ただ、その理由がね・・・
「神殿へ、直接お伺いしようかと思っております。」
ジーク姉様は一体何をするおつもりなのでしょうか・・・




