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10.起業



 ーーフォルトーナ伯爵領、領都テュケーでは・・・


 モルゲンシュテルン家よりフォルトーナ伯爵家に届いた通知書には、三女ヴァイオレットを養子にしたという手紙と養子縁組の契約済書類が添えられていた。


 一方的なものではあったが、伯爵夫妻はでかした!と喜ぶ。

 予想外にも、あれ程の報奨金を稼いだ娘だ。

 モルゲンシュテルン侯爵家より齎されるであろう縁組の契約金は如何程の物であろうかと期待に胸を高鳴らせる。


 だが、二枚目の通知を見て震え上がる事になった。


 それは帝国法で決められた以上の領税の徴収が長く続いている事を咎める物だった。

 税務官の署名もあり、聖女教会を以って民に還元すると言うのは認められないと記載されていた。


 今まで通った物が通らなくなった。

 二人は急いで発案者であったルナリアに知らせると、その後の処理を行政官に任せる。


 このままでは爵位も降格になり、領地が大きく削られる。功績の少ない領地だったため、今まで何人かの聖女を輩出する事で何とか体面を保って来た。


 だが、それもここまで。


「ヴァイオレットにお願いして宰相様に手を回してもらいましょう!」

 夫人は良い案だと言うが、伯爵本人はその意味に気付いていた。


 ルナリアの機嫌を取る為にヴァイオレットを冷遇していた事も恐らくは知られている。


 これは、領税の返還で爵位を落とさずに済むと言う契約金替わりのアドバイス。

 そして縁組に異を唱えればこの領地は・・・

 


「いや、税の還元を行おう。そして私は爵位をルナリアに譲って隠居する。」

「そんな!わたくしはどうするのです!夜会の予定もまだ沢山ありますのに!」


 こんな事になるなら、自ら降格を願い出れば良かったのだ。


 そう伯爵は後悔するが、ルナリアに言われるがまま行って来た事を振り返れば当然こうもなるだろうと思い至る。


 賢く優秀だったルナリアに頼りすぎた事を後悔しても全てが遅い。

 あの氷の宰相に目を付けられてしまえば、いずれこの領地の暗部に気付かれてしまうだろう事は明白だった。

 事が公になれば死罪は免れない。減刑が認められたとしても無期の鉱山送りだ。


 早急に代替えをしなくては。


 逃げでしかない伯爵のその行動は、ルナリアを大層喜ばせた。






***



 聖女ルナリアは妹では無くなったが多くの功績を持つヴァイオレットの利用方法を考える。

 だが彼女の周囲は固く護られている様で近づく事も儘ならない。


 しかも継承権第二位の皇子カスパーと何時の間にか恋人の様な間柄になっているとの情報が入ると、彼女の怒りが限界に達したのかテーブルに拳を叩きつけ、大きな音を立てた。


 宮廷舞踏会では第一から第三までの皇子達と楽しそうに談笑していた。

 その報告が書かれた紙を引き裂くと、ヴァイオレットへの怨嗟を心の中で吐き尽くす。


 頭も顔も魔術も、その全てが劣っている妹が、いとも簡単に自分の求めた物を掴んでいる事が許せなかった。


 大渓谷での英雄的行い。

 魔女を覚醒に導きし魔術師。


 聖女である自分以上に讃えられる、劣っている筈の妹。


 フォルトーナ領に渡された報奨金の額を見れば帝国行政府全体が彼女の行いを高く評価している事が分かる。


「道理で。宰相が手に入れようとした訳ね。」

 

 歯軋りを堪えながら策を練るも、相手がモルゲンシュテルン家ではそれを逆手に取られる危険の方が大きい。

 その事に思い至ると彼女は再びテーブルに拳を打ち付けた。


 帝都の馬鹿どもが、評価する人間を間違えている。

 

 本気で彼女はそう思っていた。


 だが、念願の一つが叶い、ようやく伯爵位を手に入れられるのだと自分自身に言い聞かせ心を宥めた。


 聖女の名声で領地を繁栄させ、喝采を受ける。

 そんな心地良い理想を夢想し、彼女は今日もヴィーグリーズの街から大渓谷の救護所へ向かう。







***


 ーーそして、帝都のとあるお屋敷では・・・


 


 お師匠様の教えは難しいし厳しいが治癒魔術の勉強やポーション作りが楽しかった。


 ただ・・・お師匠様の帰還を隠しているので、表立って仕事ができない。


 だからね、お金がね、無いのですよ。


「ヴィーや、いつもすまぬのう・・・。」


 お給金が素材での現物支給。

 最近のお師匠様の口癖が辛いのよおおおおお!!!!

 学院レベル以上の勉強教えてくれるだけでも十分ありがたいんですよ!




 と言う訳なので、わたくしがアイテム生産工房を立ち上げましたの!

 工房長とお呼び下さいまし!


 就職浪人から一気に会社社長!ベンチャー臭がプンプンしますが大丈夫でしてよ。


 主な納入先は帝国行政府。

 ズブズブです。癒着です。


 


「流石、グレンツェント工房!仕事が素晴らしいわ!」


 魔力回復ポーションを検品するこのお方は、現在の宮廷魔導師長イザベラ・スカリエッティ様です。


 納入アイテム運搬の仕事くらい部下に任せたら良いのに・・・。

 今日は仕事だけど、最近よくこのお屋敷に遊びに来るんですよね。



「ほれ納品書じゃ。」


 屋敷の中では骨っこのアルマロス様に慣れて来たのか、もう驚く気配も無い。寧ろこの状態でどうやって生きているのか興味津々なご様子だ。


 また宜しく!と言って馬車に乗り込むイザベラ様。

 流石にマジックストレージの容量でかいなぁ。




 そうこうしていると次のお客様がやって来る。

 初納品の部署なので隠蔽魔術で姿を完全に消すお師匠様。


「ストーメア卿!ご無沙汰しております!」

「ヴィー、久しぶりだね。元気そうで何より。」


 大渓谷への医療物資を受け取りに来たのが、まさかの統括指揮官様・・・

 貴方こそ部下に取りに来させなさいよぉ!!



「兄さん。いるんでしょ?」


 ストーメア卿は的確に一定方向を見つめて声を上げる。

 すると、お師匠様が魔術を解く。


「ふむ、儂に弟は居らぬが。」

「僕はクラウスの子ヴィンセントです。貴方が失踪した大分後に産まれたので知らなくて当然です。」


 え?なになに?兄弟?

 イミフ。

 お師匠様って百八十歳ですよ?


「僕らは天意の魔女イリーナの息子です。ある意味で父親が同じなんです。」


 そう言った後、ストーメア卿は丸っこい虎耳と尻尾を出す。


 何この唐突な獣人アピール!可愛い!

 その肉厚なお耳をモフモフしたいのですわ!

 


「はえ〜、今回のパパクラウスはティグリスに転生しよったか!」


 大魔女様の筆頭配偶者であるというクラウス氏は、大魔女様の最初の夫で、人間や獣人、エルフ等様々なものに生まれ直し続けて早四千年。

 今回は虎型魔獣のティグリスに転生したそうで、種族は違うが二人は父親が一緒なんだそうだ。


 そう言えば、この世界内での転生なら偶に話を聞く。術式が確立してるのかしら?


 うん、やっぱイミフ!


「人化する程の大魔力。お主の魔力量を見ても今回のパピーのヤバさが分かるわい。」


「折角帰って来たんだから、顔出してあげてよ。」

「し、仕事が忙しいんじゃよ。なあ、ヴィーよ!」


 わたくしに振らないで下さいましィ!!


「ええと・・・確かに受注生産なので毎日忙しくは有ります。それに納品先は全部、宮廷と帝国行政府ですし。」


 精一杯の援護です、お師匠様!


 こうして何とかやり過ごしたお師匠様は、何かと理由をつけて実家には帰りたがらなかった。


 理由を聞けば、沢山の夫や妻という名の共同研究者達も含め、揉みくちゃに可愛がられるのだという。


 故郷に帰る度平均5kg太るそうだ。


 そうだ、魔女は研究等の為に一妻多夫妻なんだった。


 大魔女様なら沢山の助手が必要そうだし帝国全土の国境結界の維持や改修もあるものね。



 でも、故郷の話をするお師匠様が少しだけ照れているようで、ちょっとだけ可愛いと思ってしまいました。


 骨なのにね。










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