部屋割り
5人は、クルーズ船が燃え尽きるのを見送るまでなく、重い足取りで館に戻った。
館に戻って最初にやるべきことは、部屋決めだった。
軽装ながらも、5人それぞれがリュックやトートバック等の荷物を持ち歩いており、これを置く場所が必要だったからである。
一太と幹康とで改めて2階を確認したところ、2階は、1階同様に、シンメトリーの構造になっていた。
すなわち、廊下の右端と左端の両端に同じように階段室と休憩スペースがあったのである。
なお、階段は1階と2階をつなぐものしかなかったため、この建物は2階建てのようだ。
そして廊下に沿って等間隔で部屋が8つ並んでいた。
部屋のドアには、左から順に1から8までのナンバープレートが付いていた。
この8つの部屋のうち、ナンバープレート1、2、6、7、8の5部屋については、それが全く同じ構造の客室があることが確認された。
他方、廊下中央にある残りの3部屋(ナンバープレート3、4、5)については、目の前に落下したシャンデリアの破片が散らばっていたため、中を確認することができなかった。
もっとも、客室は5部屋あれば足りていたため、無理にその3部屋の中身を確認する必要はなかった。それに、中を確認したところで、おそらくその3部屋も同じような客室になっているに違いない。
広間に戻った一太と幹康は、ソファで休んでいた女性陣に対し、部屋の状況について説明した。
その上で、念のため、部屋の希望について訊いてみたが、特に希望はないとのことだった。
客室の構造は全く同じであり,窓から外が眺められるわけでもないため、当然といえば当然である。
代わりに部屋に注文を付けたのは、幹康だった。
「俺は一太の隣の部屋がいい。夜遅くまで一太と個別で飲むかもしれないからな」
たしかに今回の旅行の1日目も2日目も、夜は幹康とサシ飲みをしていた。男同士だったということもあるし、互いに無類の酒好きだからということもある。
お酒はそれなりに持ち込んでいるから、たしかにこの館でも幹康とサシ飲みをする可能性はあり、部屋が隣同士の方が便利である。
少なくとも、シャンデリアを挟まない方がいい。
シャンデリアの破片がある廊下中央を通ることはできないため、シャンデリアの向こう側に行くためには、一度階段を降りて1階広間まで行き、別の階段を上ってまた2階に戻らなければならないのである。
「異論はないわ」
月奈が言う。
「じゃあ、夫婦同士が離れ離れになるというのも妙だから、1の部屋に私、2の部屋に安曇、6の部屋に一太、7の部屋に幹康、8の部屋に未優という部屋割にしましょうか」
誰も月奈の部屋割に異論がなかった。
一太は、今までの情報を基に、メビウス館の見取り図を頭に思い浮かべる。
部屋割が決まったところで、5人はそれぞれ荷物を2階の自分の部屋に置きに行った。
落下したシャンデリアで廊下を塞がれているため、1、2の部屋の月奈と安曇は、入り口から見て左側の階段を、6、7、8の部屋の一太、幹康、未優は右側の階段をそれぞれ使用する必要があった。
一太、幹康、未優は、荷物の中から酒とつまみを取り出し、広間のテーブルの上に置く手間があったため、月奈と安曇が階段を上ってしばらくしてから階段を上った。
3人が2階に着いたときには、すでに2人は部屋の中に入っていたようで、廊下には誰も人がいなかった。
その後、5人は寝るまでの時間、特にすることはなく、完全な自由行動だった。
最初の頃は5人でテーブルを囲んで酒を飲んでいたが、あまり酒の強くない月奈と安曇はすぐに離脱した。
「もう寝るね」
と言って月奈が2階に向かったのは21時過ぎであり、安曇もその5分後くらいには月奈を追うようにして階段を上っていった。
未優はお酒をほとんど飲まなかったものの、一太と幹康に遅くまで付き合い続けた。
幹康は未優のことを小馬鹿にしているようだが、一太の目から見れば、未優は幹康にはもったいないくらいに良い妻である。
42歳の幹康に対し、未優は32歳であり、年齢は一回り若いのだが、未優は実年齢よりもさらに若く見えた。
線も細く、背が高いため、まるでモデルのようである。
それだけでなく、未優はとても気が利いた。
お酌では一太と幹康のコップを決して枯らさなかったし、つまみや空き瓶の位置を常に気にしてテーブルを散らかさないようにしていた。
さらに、未優は、カウンターに包丁とまな板が置かれていることに気付き、それを使ってつまみのサラミやチーズを食べやすいサイズに切ってくれたのだ。
一太は、未優のような女性が妻であれば幸せだな、アルコールでぼーっとする頭で考えた。
未優が広間を辞去したのは、23時頃だった。
「もうお酌しなくていいよ。寝てきな」
という幹康の言葉に甘える格好で、2階へと向かったのである。
しかし、実は、幹康が未優を2階に仕向けたのには、別の目的があった。
「じゃあ、女がいなくなったところで、『女』の話でもするとしようかね」
幹康は大の女好きだった。
未優という立派な妻をもらってもなお、女遊びをやめず、キャバクラや風俗、果てには出会い系サイトまで利用して、不純な異性交遊を行っていたのである。
そして、幹康は、そうした自分の女遊びについて、酒の席で語るのが大好きだったのだ。
そのため、幹康は、女性陣抜きで一太とサシで飲むことを好んでいたのである。
先ほどまで未優にお酌をしてもらっていた手前、幹康の未優に対する「裏切り」についての話を聞くことには、一太は当事者ではないにもかかわらず、後ろめたさを感じた。
他方で、幹康は、飲みの席から妻を排除したことによって、明らかに生き生きとした目をしていた。
幹康は、先ほど未優が上っていった階段室の方へ行くと、未優の姿が見えないことを確認し、ドアを閉め、ドアノブについた鍵をカチャリと鍵を閉めた。
おそらくその動機は、未優が戻ってきて話を聞かれるのを避けるためなのだろうが、その光景に、一太は違和感を覚えた。
「ん? そのドア、鍵が付いているのか?」
「ドアに鍵が付いてるがそんなに不思議か?」
「それはそうだが、外側に鍵が付いているというのは珍しいんじゃないか?」
階段室から見て、広間は外側である。
階段室から広間に出させないための鍵というのは奇妙に思えた。通常は、その逆である。
「たしかに言われてみると珍しいかもな。ただ、今の俺らにとっては好都合だな」
一太は、一方的に幹康の女遊びについての話を聞かされる立場であるし、何より独身である。それにもかかわらず、あたかも幹康と「共犯」扱いをされていることは不服である。
幹康がソファに戻ってきたところで文句の一つでも言ってやろうと一太は待ち構えていたのだが、幹康はソファではなく、逆側の階段室の方へと向かった。
そして、その階段室のドアの鍵も同じように閉めたのだ。
これによって、月奈と安曇も広間には入って来れないこととなる。
「女人禁制ってわけか」
「そうだ。ここは男子だけの秘密の花園だからな」
ソファに戻ってきた幹康は、堰を切ったように「女」の話をし始めた。
吉原のある店でしか体験できないサービスがイヤラシイだの、この前持ち帰ったキャバ嬢の裸体がどうだの、それは同性である一太が聞いても引くくらいに下品な話であったが、幹康の語りの上手さもあり、決して退屈するような話ではなかった。
もっとも、今日は飲み始めが早かったからであろう、1時を少し過ぎたところで一太に睡魔が襲ってきた。
「そろそろお開きにしないか」
と一太が言うと、幹康は、銀とプラチナでできた高級そうな腕時計の針に目を遣り、
「一太、まだだいぶ早いんじゃないか」
と一旦は指摘したものの、一太の目が座っているのを見て諦めたのか、
「じゃあ、続きは明日の朝な」
と言って、ウイスキーがストレートで入ったコップを机の上に置いた。
無人島に閉じ込められるという想定外のトラブルで、自分でも思っている以上に疲れが溜まっていたのか、いつもよりも酔いが回っており、一太は自分で自覚できるくらいに足元がフラついていた。
そのため、あの回転が急な螺旋階段を上るにはだいぶもたついたが、幹康の介助もあり、無事上ることができた。
廊下で幹康に別れを告げ、一太は、もっともシャンデリア寄りにある6の部屋に入り、事前に準備してあった布団にダイブした。
意識を引きずるような強い眠気からして、明日は昼頃まで目覚めることはないだろう。幹康が本気で明日の朝から飲もうと思っているとは思わないが、一太は心の中で幹康に謝罪をした。
一太は、気絶をするようにして眠りについた。
まさか日が昇るのを待たずして、最悪の目覚めが待っているということを、一太はこのとき想像する余地もなかったのである。
本格ミステリには見取り図が必要不可欠ですよね。
実はここまでの話は,すでにステキブンゲイさんの方で先んじてアップしていました(なろうと違って見取り図は付けられないのですが)。
ここから先の話は初公開です。